この記事の監修 山本 貴大 / ケンテク編集長

150プロジェクト以上のマーケティング/コンサルティング支援実績。認定支援機関と連携した補助金計画書の作成支援も手がける。

「どの現場が赤字か、月末まで全くわからなかった」

神奈川県で電気設備工事を手がけるA電設(仮称、従業員20名)の社長・Aさんが経営に最も危機感を抱いたのは、決算書を見た瞬間ではありませんでした。

「前月に完工した現場が赤字だったとわかったのは、翌月の月次試算表が出た後でした。終わった工事の赤字を見せられても、もう何もできない」

年商3億5,000万円規模の同社では、受注件数が年間60〜80件あり、単価の高い電気設備工事(1件500万〜2,000万円)から、電灯切り替えや軽微な修繕(1件50万円以下)まで幅広く手がけていました。件数が多いため、工事ごとの収支を管理するだけでも膨大な手間がかかります。

それまでA電設が使っていた管理ツールは、市販のExcel工事台帳テンプレートだけでした。担当者が入力するルールを設けていたものの、現場が忙しいと更新が止まり、資材費の実績が入っていない行が多数存在していました。月次決算で税理士から数字が戻ってきて初めて「この工事は赤字だった」と気づく——これが毎月繰り返されていたのです。

導入前の実態 — Excelで管理できていなかった5つのこと

Aさんが後に振り返って語る「Excelでは管理できていなかったこと」は5点あります。

1つ目は、リアルタイムの原価進捗です。月次で集計するため、工事が進行中の段階で「今この現場は予算に対してどのくらい使ったか」が誰にもわかりませんでした。

2つ目は、外注費の把握です。電気工事では協力会社への外注が発生しますが、外注先からの請求書は月末にまとめて届くことが多く、工事中は外注費の実績値がゼロのまま台帳に残っていました。

3つ目は、労務費の配賦です。社員の工事別の作業時間を記録する仕組みがなく、労務費は「月給÷稼働日数×現場日数」の概算で計上していました。精度が低い上、計算を担当する事務員の手間も大きなものでした。

4つ目は、予算と実績の比較です。見積書を作成した段階の工事原価(予算)と、工事完了後の実際の原価(実績)を並べて比較する作業が習慣化されていませんでした。見積精度の改善につながる振り返りができていなかったわけです。

5つ目は、工事原価の部門別集計です。工事種別(電灯工事、動力工事、通信工事など)での利益率の違いが見えていませんでした。どの種類の工事が利益を出しやすいかという経営判断に必要な情報が、Excelの工事台帳からは得られませんでした。

導入を決断したきっかけ

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転換点は、ある年度末の出来事でした。年間売上は3億5,000万円を超えていたものの、経常利益率は2.1%。業界平均の3〜4%(国土交通省「建設業の経営分析(令和4年度)」参照)を下回る利益率に、Aさんは焦りを感じていました。

決定的だったのは、得意先からの「この工事の原価内訳を出してほしい」という要求に即座に対応できなかったことです。工事台帳を遡り、請求書の束を引っ張り出し、労務費を計算し直すのに半日以上かかりました。大手得意先への信頼毀損リスクを感じたAさんは「これ以上Excelで続けるのは限界だ」と判断し、本格的な原価管理ソフトの検討に着手します。

出典: 建設業の経営分析 — 一般財団法人建設業情報管理センター(2026-04-27確認)

製品選定の考え方と比較プロセス

Aさんが製品を選ぶ際に設定した条件は4つです。

条件理由
工事台帳と請求書の連携が自動化されていること手入力の二重化を防ぐため
リアルタイムで原価進捗を確認できること月末まで待たずに動けるようにするため
会計ソフト(弥生会計)と連携できること既存の経理フローを変えずに済むため
IT導入補助金の対象ツールであること中小規模での費用対効果を確保するため

この条件をもとに、建設業向け原価管理ソフトとして実績のある製品を3つピックアップし、各社から30分のオンラインデモを受けました。どの製品も機能的には似通っていましたが、最終的に選んだのは「どっと原価NEO」(仮称)です。決め手は「外注費の自動計上」機能と、電気設備業の工事種別に合わせた原価分類のカスタマイズ幅でした。

月額費用は5ユーザーライセンスで約45,000円。年間54万円のコストに対して、IT導入補助金(補助額24万円、補助率1/2)を活用することで、実質負担を初年度30万円に抑えられる見通しが立ちました。

6ヶ月の導入プロセス — 準備から定着まで

A電設の導入を「準備・立ち上げ・定着」の3フェーズ、6つのステップで振り返ります。

フェーズ1 — 準備期間(1〜2ヶ月目)

ステップ1: 工事コードの整備

既存のExcel台帳にある工事コードの体系を整理し直しました。A電設では工事コードが担当者ごとにバラバラで、同じ現場が複数の行に分かれているケースもありました。ソフトへのデータ移行前に、過去2年分の工事データをクリーニングする作業に約3週間かかっています。

ステップ2: 原価科目の設計

工事原価を「材料費」「外注費」「直接労務費」「仮設費」「現場経費」の5科目に統一し、それぞれの入力ルールを文書化しました。科目設計はソフトのサポート担当者と相談しながら進め、電気設備業の慣行に合わせた分類にしています。

フェーズ2 — 立ち上げ(3〜4ヶ月目)

ステップ3: 新規工事からの並行入力

3ヶ月目から、新規に受注した工事をソフトに入力しながら、従来のExcel台帳も並行維持する運用を開始しました。「まず新しい工事だけ」に絞ったことで、事務員の負荷を急増させずに慣れる期間を設けました。

ステップ4: 外注費・材料費の自動連携テスト

協力会社3社から届く請求書をPDFでアップロードし、OCRで自動計上される機能を試験運用。認識精度は約85%で、残りの15%は目視修正が必要でしたが、手入力に比べれば大幅な工数削減になりました。

フェーズ3 — 定着期間(5〜6ヶ月目)

ステップ5: Excelとの並行運用を終了

5ヶ月目に入り、従来のExcel台帳への入力を停止しました。一時的に「Excelのほうが慣れている」という事務員からの不満が出ましたが、Aさんは「Excelに戻る選択肢はない」と明言し、ソフト一本化を進めました。

ステップ6: 月次原価会議の導入

6ヶ月目から、毎月第2月曜日に「月次原価会議」を設定。全工事の原価進捗をダッシュボードで確認し、予算オーバーが発生している現場を早期に検討する場を設けました。これが「赤字工事ゼロ」の直接的な仕組みとなっています。

導入後の効果 — Before / After

ソフト導入から1年が経過した時点での効果を計測しました。

指標導入前導入後(1年)変化
赤字工事の発生件数年間5〜7件0件(3年継続)100%削減
工事別原価の確認タイミング月末(翌月に判明)リアルタイム(随時)即時化
月次原価集計の工数月約18時間月約5時間72%削減
年間利益率(経常利益/売上)2.1%3.9%1.8%改善
経審Y点(直前決算)560点565点5点改善
外注費の入力漏れ件数月平均8件月平均1件以下87%削減

売上3億5,000万円で利益率が1.8%改善するということは、年間純利益が約630万円増加する計算です。ソフトの年間ライセンス費用(約54万円、補助後実質30万円)に対して、利益改善効果が大きく上回っています。

経審Y点の改善について

経審(経営事項審査)のY点は、完成工事高と経営状況分析の数値から算出されます。Aさんが注目したのは、経営状況分析の中でも「純支払利息比率」と「負債回転期間」です。

原価管理の精度が上がったことで、在庫資産(材料在庫)の管理も改善されました。以前は年度末の棚卸しが不正確で、材料費が過大計上されるケースがありましたが、ソフト導入後は材料の払い出し管理もシステム化され、棚卸し精度が上がりました。

また、利益率の改善が自己資本の増加につながり、自己資本比率が改善。これが経営状況分析のスコアに影響し、Y点の5点改善(560→565点)として反映されました。

「経審の点数が5点上がっても、ランクが変わらないケースもある」とAさんは語りつつも、「元請け評価の際に積み重なっていくものだから、毎年少しずつでも上げていきたい」と継続的な改善意欲を持っています。

原価管理DXが経営判断に与えた変化

数値効果と並んで、Aさんが強調するのは「経営判断の質が変わった」という点です。

工事別の収益性がリアルタイムで見えるようになったことで、追加工事の単価交渉の場面での判断が変わりました。以前は「この現場はまだ大丈夫か」という確信が持てないまま追加工事を承諾していましたが、今は現場の原価進捗を確認してから追加分の単価を提示できます。

また、工事種別の利益率の違いも可視化されました。電灯工事(照明切り替えなど)は材料費の原価率が高く利益が薄い一方、動力工事(幹線工事・盤製作など)は技術料が大きく収益性が高いことが数字で確認されました。これを受け、Aさんは動力工事の受注に営業リソースを集中させる方針を取り、売上構成比を変えていっています。

「原価管理を始める前は、何となく電灯は儲からないとは思っていたけど、数字で見たのは初めてでした」——Aさんのこの言葉は、多くの中小建設会社経営者が直面している課題を端的に表しています。

導入で苦労したポイントと対処法

スムーズに見えるこの事例でも、苦労した場面はいくつかありました。

最初の壁は、工事コードの整備作業です。過去2年分のExcelデータを整理するのに想定以上の時間がかかり、2週間の予定が3週間になりました。Aさんは「この準備作業をケチると後で全部ずれてくる」と語り、入力データの整合性が原価管理の精度を決めると強調しています。

2つ目の壁は、協力会社への請求書フォーマットの変更依頼です。OCRの認識精度を上げるため、主要な協力会社3社に「定型フォーマットで請求書を出してほしい」と依頼しました。最初は戸惑いを見せた会社もありましたが、Aさん自身がサンプルフォーマットを作って持参したところ、全社が対応してくれました。

3つ目は、労務費の配賦方法の変更です。以前の概算方式から、作業日報の工事別時間入力に切り替えることで、社員全員に「毎日どの工事に何時間かかったかをアプリに入力してもらう」習慣が必要になりました。最初の2週間は忘れる社員が続出し、Aさん本人が毎朝LINEでリマインドを送るという地道な取り組みが続きました。4週目以降は習慣化が進み、記録率は95%以上に安定しています。

IT導入補助金の活用

A電設はIT導入補助金(現・デジタル化・AI導入補助金)を活用し、初年度の費用負担を大幅に抑えています。

費用項目金額備考
ソフト年間ライセンス(初年度)540,000円5ユーザー×月45,000円
導入設定・データ移行費用80,000円ベンダーサポート費用
社内研修工数約25時間事務員2名の工数換算
IT導入補助金による補助△240,000円補助率1/2
実質負担(初年度)約380,000円補助後の手出し

補助金の申請はソフトのベンダーが書類作成を全面的にサポートしてくれたため、Aさん自身が書類作業に費やした時間は申請書の確認・捺印程度でした。申請から採択通知まで約2ヶ月、補助金の入金まで計5ヶ月かかっています。

「補助金があるかどうかで、導入を決断するかどうかが変わる。補助金込みで試算してから社内に提案した」とAさんは語っています。

申請にあたって重要な点は、「IT導入支援事業者(ベンダー)を通じた申請が必須」であることです。補助対象のツールかどうかは、IT導入補助金の公式サイトで検索できます。導入を検討しているツールが対象かどうかを、最初の問い合わせ段階でベンダーに確認することを推奨します。補助金の最新情報は年度ごとに変わるため、IT導入補助金の活用ガイドも合わせてご確認ください。

同じ悩みを持つ電気設備会社が参考にすべきポイント

A電設の事例は、特定の会社の成功話に留まりません。工事件数が多く、外注費が発生し、労務費の配賦が複雑な電気設備業の特性を踏まえると、原価管理ソフトの導入効果は他の工事種別と比べて大きくなりやすいといえます。

中小建設会社の原価管理に関する課題として、国土交通省の調査では「工事別損益の把握が不十分」と回答した企業が全体の48.3%に上っています(「建設業の実態及びその評価に関するアンケート調査」令和3年度)。半数近くの中小建設会社が、A電設と同様の課題を抱えている実態があります。

出典: 建設業の経営分析(2026-04-27確認)

特に以下の状況に当てはまる電気設備会社は、原価管理ソフトの導入優先度が高いといえます。

  • 工事件数が年間30件以上で、ExcelやAccessで管理している
  • 外注費が売上の30%以上を占めており、請求書の突き合わせに時間がかかっている
  • 工事別の利益率を経営者が把握できていない
  • 経常利益率が業界平均(3〜4%)を下回っている
  • 経審の点数改善や格上げを目標にしている

原価管理ソフトを選ぶ際の確認事項

A電設の選定プロセスを踏まえ、建設業向け原価管理ソフトを評価する際に確認すべき項目を整理します。

確認項目具体的な確認内容重要度
外注費の自動計上請求書PDFからOCRで自動入力できるか
リアルタイム原価表示工事進行中に随時原価進捗を確認できるか
会計ソフト連携使用中の会計ソフトとの仕訳連携が可能か
工事種別の集計種別・担当者・元請けごとの集計レポートがあるか
労務費配賦作業日報から工事別労務費を自動計算できるか
材料費管理発注・入荷・払い出しの在庫管理機能があるか
IT導入補助金対応補助金対象ツールとして登録されているか
サポート体制建設業の知識があるサポート担当者がいるか
モバイル対応現場からスマホで入力できるか標準
価格体系ユーザー数・機能による価格差はどうか標準

建設業の原価管理ソフトの比較は建設業向け原価管理ソフト比較で詳しくまとめています。

赤字工事ゼロを実現する仕組み — 月次原価会議の設計

A電設が3年間赤字工事ゼロを維持できている最大の理由は、ソフトの導入だけでなく「月次原価会議」の仕組みにあります。

毎月第2月曜日の午前中(約2時間)に、Aさんと事務長、現場監督2名が集まり、進行中の全工事の原価進捗を確認します。

確認する指標は次の4点です。

  • 予算消化率(今月末時点の予定原価に対して実績がどのくらいか)
  • 予算超過が発生している工事(警告ラインを超えた工事のリスト)
  • 完工見込みの工事の最終採算予測
  • 前月完工工事の実際の原価率(見積時の想定との差)

予算消化率が90%を超えているのに工事進捗が70%以下の現場があれば、その場で担当の現場監督から状況を聞き、追加費用の発生要因を特定します。そして「追加費用を発注者に請求できるか」「今から外注費を抑えられるか」を具体的に検討します。

この会議がなければ、ソフトを導入してもデータを見るだけで終わってしまうとAさんは言います。「原価管理ソフトはデータを出してくれるだけ。そのデータをどう使うかは人間が決めないといけない」という言葉に、原価管理DXの本質が込められています。

まとめ

A電設の事例は、工事別収支が見えない電気設備会社が原価管理ソフトを導入し、わずか6ヶ月で仕組みを構築、3年間赤字工事ゼロを達成した記録です。

財務的な効果は明確です。年間利益率1.8%の改善は、売上3億5,000万円規模で年間630万円の純利益増加に相当します。月次原価集計の工数も72%削減され、事務員の負荷軽減にもなっています。経審Y点の5点改善は、公共工事の入札資格維持と格上げに向けた地道な前進です。

成功の要因を3点に絞るとすれば、「工事コード整備という地味な準備作業を丁寧にやり切ったこと」「ソフト一本化の覚悟を持って並行運用を短期間で終わらせたこと」「月次原価会議という人的な仕組みをセットで作ったこと」です。

DXは技術の問題ではなく、経営の意思決定の問題です。原価管理ソフトは「入力した分だけ答えを返してくれる」ツールです。まず自社の工事コード体系を整理するところから始めてみてください。

建設業向け原価管理ソフトの比較IT導入補助金の活用ガイドも参照してください。

参考情報

よくある質問

建設業の原価管理ソフトを導入するとどのくらい利益が改善しますか?
本事例では年間利益率が1.8%改善しました。売上3億5,000万円規模で年間630万円の純利益増加に相当します。工事別収支がリアルタイムで見えることで、赤字工事の早期発見と追加費用の適切な請求が可能になります。
原価管理ソフトの導入にはどれくらいの期間がかかりますか?
準備・立ち上げ・定着の3フェーズで約6ヶ月が目安です。最初の1〜2ヶ月は工事コード整備と原価科目設計に使い、3〜4ヶ月目で並行入力、5〜6ヶ月目でソフト一本化するステップが現実的です。
経審(経営事項審査)のY点は原価管理ソフトで改善できますか?
本事例では導入前Y点560から565に5点改善しています。原価管理の精度向上が材料在庫の適切な計上につながり、自己資本比率の改善を通じてY点のスコアに影響しました。
IT導入補助金は原価管理ソフトにも使えますか?
はい、多くの建設業向け原価管理ソフトがIT導入補助金(現・デジタル化・AI導入補助金)の対象です。補助率は1/2が基本で、本事例では24万円の補助を受けています。ベンダーへの最初の問い合わせ時に対象かどうか確認しましょう。
Excelから原価管理ソフトに移行する際の最大の注意点は何ですか?
工事コードとデータの整合性を整備する準備作業が最も重要です。本事例では過去2年分のExcelデータのクリーニングに3週間かかっています。この準備を丁寧にやり切ることが、移行後のデータ精度を決めます。
原価管理ソフト導入後に「赤字工事ゼロ」を実現するにはどうすればいいですか?
ソフト導入と合わせて月次原価会議を設けることが鍵です。本事例では毎月第2月曜日に全工事の原価進捗を確認する会議を設定し、予算超過の工事を早期に発見して対策を打つ仕組みが、3年間赤字工事ゼロの直接的な要因になっています。

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