最低賃金は2024年度に全国加重平均51円引き上げられ、1,055円に達した。2025年度以降も同水準の引き上げが続くと見られるなか、慢性的な人手不足を抱える中小建設会社の経営者は、賃上げと設備投資の両立という厳しい選択を迫られている。「賃上げしたいが、同時に機材も入れ替えたい。財源が足りない」――この状況を打開できる制度が、厚生労働省の業務改善助成金です。
業務改善助成金は、事業場内の最低賃金を30円以上引き上げた中小企業に対し、生産性向上のための設備投資費用を最大600万円・補助率4/5で助成する制度です。施工管理アプリ、測量機器、ドローンといった建設業で実際に使われる設備が対象になる。制度の仕組みを正確に理解した上で活用すれば、DX投資と人件費増加を同時に進める有力な手段になる。
本記事の情報は令和7年度(2025年度)の制度内容を基にしています。申請前に必ず最新の公式情報(厚生労働省)をご確認ください。
業務改善助成金とは何か
業務改善助成金は、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行った中小企業に対して、その設備投資等の費用の一部を助成する制度です。厚生労働省が所管し、各都道府県労働局に申請する。
制度の骨格は「賃上げと設備投資のセット」にある。賃上げだけでも、設備投資だけでも助成は受けられません。両方を計画・実施して初めて対象になる。
対象となる事業者の要件
以下の3つを満たす中小企業・小規模事業者が対象になります。
- 中小企業・小規模事業者に該当すること(建設業は常時使用する従業員300人以下、または資本金3億円以下)
- 事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額が50円以内であること
- 解雇、賃金引き下げ、不当な労働条件の切り下げなど、不交付事由がないこと
「みなし大企業」(大企業が資本金の過半数を出資している中小企業)は2025年度から対象外になっている点に注意が必要です。
2025年度から変わった主なポイント
令和7年度(2025年度)では、いくつかの制度変更が行われた。
- 申請単位の変更 — 「事業場単位」から「事業主(会社全体)単位」へ変更。複数拠点を持つ場合でも、会社全体の助成上限は年間600万円となる
- 雇用継続期間の要件延長 — 賃上げ対象となる労働者の雇用継続期間が「3ヶ月以上」から「6ヶ月以上」へ変更された
- みなし大企業の除外 — 大企業傘下の中小企業は対象外
- 助成区分の簡素化 — 事業場内最低賃金1,000円を基準とした2段階の助成区分に整理(生産性要件廃止)
補助率と助成上限額の全体像
助成率と上限額は、賃金を引き上げる額(コース)と対象となる労働者数の組み合わせで決まります。
助成率
事業場内最低賃金が1,000円未満の場合は5分の4(80%)、1,000円以上の場合は4分の3(75%)が助成される。地方圏の建設会社では最低賃金が1,000円を下回る都道府県がまだ多く、4/5の高い助成率を受けられるケースが多い。
コース別・労働者数別の助成上限額
引き上げる賃金の幅によって、30円・45円・60円・90円の4つのコースがあります。
| コース(引上げ幅) | 1人 | 2〜3人 | 4〜6人 | 7人以上 | 10人以上※ |
|---|---|---|---|---|---|
| 30円コース | 30〜60万円 | 50〜90万円 | 70〜100万円 | 100〜120万円 | 130万円 |
| 45円コース | 45〜80万円 | 70〜110万円 | 100〜140万円 | 150〜160万円 | 180万円 |
| 60円コース | 60〜110万円 | 90〜160万円 | 150〜190万円 | 230万円 | 300万円 |
| 90円コース | 90〜170万円 | 150〜240万円 | 270〜290万円 | 450万円 | 600万円 |
※10人以上は事業場規模30人未満かつ一定要件を満たす特例事業者のみ
上限額の範囲があるのは、事業場規模(30人未満か否か)などの条件で変わるためです。最大の助成を受けるには、90円コースで10人以上の賃上げを実施する必要があります。
実際に受け取れる助成額の計算方法
受け取れる額は、「設備投資等の実費 × 助成率」と「助成上限額」の低い方になります。
たとえば、施工管理アプリの導入に年間120万円かけた場合(最低賃金1,000円未満の事業場、60円コース・4〜6人で上限190万円)、120万円 × 4/5 = 96万円が助成される。設備投資額が上限額以内であれば、実費の8割が戻ってくる計算になる。
建設業で対象となる設備・機器の具体例
業務改善助成金で対象になるのは「生産性向上に資する設備投資等」だが、具体的にどの設備が対象になるかは計画の書き方と設備の性質で変わる。建設業で実際に活用されている設備の例を整理します。
ICT・デジタルツール系
- 施工管理アプリ(ANDPAD、KANNA、Photoructionなど)の導入費・ライセンス費
- 勤怠管理・労務管理システム
- 電子帳票・グリーンファイル作成システム
- 建設業向け会計・原価管理ソフト
- 見積積算ソフト
これらのソフトウェア・クラウドサービスは、導入によって現場管理の工数を削減し、生産性向上に直結することを計画書で示すことができれば対象になる。
測量・点群データ系
- トータルステーション(TS)の最新機種への更新
- 3Dレーザースキャナー(3D点群測量機器)
- UAV(ドローン)測量システム一式(機体・ソフトウェア・教育訓練費を含む場合も)
- TS出来形管理システム
ドローン測量の導入は、測量作業の時間を大幅に短縮する具体的な数値(たとえば「従来5人日かかっていた測量が1日で完了」)を示しやすく、生産性向上の説得力がある事例として計画書に書きやすい。
重機・機械設備系
- マシンコントロール付き建設機械(MC型バックホー、ブルドーザー等)
- IoT対応の工程管理システムと連携した機器
- 安全管理・現場監視システム(カメラ、センサー等)
ただし、物価高騰等の特例事業者でない限り、定員7人以上の乗用自動車(社用車)や貨物自動車は原則として対象外になります。ダンプトラックや社用車への転用が目的と判断される機器も対象になりません。
教育訓練費
機械設備の導入と組み合わせる形で、操作に必要な教育訓練費も対象になる。ドローンのパイロット講習費用や、ICT建機の操作研修費など、設備を実際に使いこなすための費用を申請に含められる。
対象設備の詳細や最新の判断基準は、厚生労働省 業務改善助成金または都道府県労働局に問い合わせること。(2026-04-27確認)
建設業での活用シナリオ3パターン
制度の仕組みを理解したうえで、実際の使い方を具体的なシナリオで整理します。
シナリオA — 施工管理アプリ導入 × 60円コース(従業員規模:職人5名)
従業員10名の内装工事業者が、施工管理アプリを導入して日報・写真管理の手間を削減し、現場作業員5名の時給を60円引き上げる。
- 設備投資額: 年間90万円(施工管理アプリのライセンス費 + 導入支援費)
- 適用コース: 60円コース、対象4〜6人
- 助成上限: 150〜190万円
- 受取額: 90万円 × 4/5 = 72万円
月額換算で6万円の助成が1年間続く計算です。アプリの導入コストをほぼ全額回収できる。
シナリオB — ドローン測量システム導入 × 90円コース(従業員規模:測量・土木会社20名)
従業員20名の土木会社が、測量用ドローンと3D点群解析ソフトを導入し、測量作業の効率化で人員を再配置。対象労働者7名の最低賃金を90円引き上げる。
- 設備投資額: 300万円(ドローン機体・ソフト・操作研修費込み)
- 適用コース: 90円コース、対象7人以上
- 助成上限: 450万円
- 受取額: 300万円 × 4/5 = 240万円
設備費の8割が助成されるため、実質負担は60万円。ドローン測量の本格導入のハードルが大幅に下がる。
シナリオC — マシンコントロール建機 × 90円コース(事業規模30人未満の特例事業者)
従業員25名の土工会社が、マシンコントロール付きバックホーを導入し、オペレーター10名の最低賃金を90円引き上げる。事業場規模が30人未満で特例事業者に該当する場合。
- 設備投資額: 600万円(MC型バックホー)
- 適用コース: 90円コース、10人以上(特例事業者)
- 助成上限: 600万円
- 受取額: 600万円 × 3/4 = 450万円(最低賃金1,000円以上の地域の場合)
ICT建機1台の投資を業務改善助成金で支援できる数少ない組み合わせです。ただし、特例事業者の要件(事業場規模30人未満等)を満たすか確認が必要になる。
申請の流れと重要な順序
業務改善助成金の申請で最も重要なのは、「先に計画を出して交付決定を受けてから設備を購入する」という順序を守ることです。この順序を間違えると助成金を受け取れなくなる。
交付申請書の作成・提出
都道府県労働局に業務改善計画と賃金引上計画を記載した交付申請書を提出する。この段階では、設備の見積書(複数社から取得が望ましい)と、導入によってどれだけ生産性が向上するかを示す計画書が必要になる。
交付決定の通知を受け取る
労働局が申請内容を審査し、交付決定通知書が届く。審査期間は通常1〜2ヶ月程度。交付決定通知が届いてから初めて設備の発注・購入が可能になる。
事業の実施(設備導入と賃金引上げ)
交付決定後、設備を導入するとともに、対象労働者の賃金を引き上げる。賃金の引上げは就業規則または賃金規程に明記してから実施することが必要。事業完了期限(原則として当年度内)までに設備導入・賃金引上げ・代金支払いをすべて完了させる必要があります。
事業実績報告書の提出
設備導入の証拠(納品書・請求書・支払明細)、賃金引上げの証拠(就業規則・賃金台帳・給与明細)を添付して実績報告書を提出する。
支給申請と助成金の受領
労働局が実績内容を確認し、支給決定後に指定口座に助成金が振り込まれる。実績報告から支給まで数週間〜数ヶ月かかる場合があります。
対象外になるケースと注意点
業務改善助成金には、細かい要件や落とし穴があります。建設業での申請でよくある失敗パターンを整理しておく。
設備に関する対象外ケース
- 交付決定前に発注・購入した設備 — 最も多いミス。見積もりを取っただけなら問題ないが、発注書を出した時点でアウトになる可能性がある
- 定員7人以上の乗用自動車・貨物自動車 — 物価高騰要件の特例事業者でなければ対象外。工事車両やダンプトラックは基本的に認められない
- 生産性向上への貢献が説明できない設備 — 「事務所のエアコン交換」のように、直接的な生産性向上と結びつけにくい設備は通りにくい
- 事業完了期限後に支払いが発生する設備 — 設備を納品されても、代金の支払いが期限後になると助成対象外
賃金引上げに関する注意点
- 就業規則への記載なしに賃上げしても対象外 — 賃金引上げは就業規則または賃金規程の改定をセットで行う必要がある
- 雇用6ヶ月未満の労働者は対象外(2025年度から変更) — 新入社員をすぐに賃上げ対象に含めることはできない
- 複数回に分けた賃上げは対象外 — 「今月20円、来月20円」という分割引き上げでは、コースに定める一括引き上げとならない
- 地域別最低賃金改定後の引き上げは対象外 — 毎年10月に改定される最低賃金の引き上げ分は、業務改善助成金の「引き上げ」には算入されない
申請手続きに関する注意点
建設業の繁忙期(年度末の3月前後)は設備の納品が遅れがちです。事業完了期限(原則として年度内)に間に合わないケースが出やすい。余裕を持って申請し、設備の納期を業者と事前に確認しておく必要があります。
採択されやすい計画書の書き方
業務改善助成金は、一般的な補助金の「採択率」という概念とは異なり、要件を満たせば原則として支給される「助成金」の制度です。ただし、計画書の記載内容が不明確だと審査に時間がかかったり、修正を求められたりすることがあります。
生産性向上を数値で示す
計画書で最も重要なのは、「設備の導入前後でどれだけ生産性が変わるか」を具体的な数値で示すことです。
- 施工管理アプリ導入 → 日報作成時間が1人あたり1日45分から5分に削減(年間換算で○時間の削減)
- ドローン測量システム導入 → 測量作業が5人日から1人日に短縮(人件費換算で○万円の削減)
抽象的な表現(「業務効率化が期待できる」)ではなく、Before/Afterの数値が入った計画書にすることが重要です。
賃上げ計画を具体的に記載する
対象となる労働者の名前(または人数)、現在の時給、引き上げ後の時給を明記する。就業規則の改定スケジュールも記載しておくと審査がスムーズになる。
複数の見積書を用意する
設備投資については、複数の業者からの見積書を添付することで、価格の妥当性を示せる。特に高額の機器(測量機器、ICT建機)は複数社からの見積もりを取っておくことを強く勧める。
他の補助金・助成金との使い分けと併用
建設業で使える補助金・助成金は複数あるが、業務改善助成金との違いと使い分けを整理しておく。
デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)との違い
| 比較項目 | 業務改善助成金 | デジタル化・AI導入補助金 |
|---|---|---|
| 所管省庁 | 厚生労働省 | 経済産業省 |
| 申請の核心 | 賃上げ + 設備投資のセット | ITツール・AI導入の単独申請可 |
| 対象設備 | 生産性向上に資する設備全般(機械含む) | ITツール・ソフトウェアが主 |
| 上限額 | 最大600万円 | 枠によって異なる |
| 採択制 | 要件を満たせば原則支給 | 採択制(競争あり) |
建設業でのソフトウェア・アプリ導入なら両方の対象になる場合があります。ただし、同一の経費に対して複数の補助金を重複して申請する「二重補助」は禁止されている。導入する設備ごとにどちらを申請するかを明確に分けることが必要です。
省力化投資補助金との関係
省力化投資補助金(中小企業省力化投資補助金)は、省力化に特化した設備投資補助で上限額が最大1億円と大きい。業務改善助成金との併用については、同一設備・同一経費への重複適用は認められないが、異なる設備について別々に申請すること自体は可能です。ただし、実際の可否は都道府県労働局と中小企業庁の双方に確認が必要になる。
キャリアアップ助成金との関係
キャリアアップ助成金(正社員化コース等)は、非正規雇用の正社員転換を支援する助成金です。業務改善助成金との併用は可能で、建設業では両方を組み合わせて活用している例もあります。
令和7年度の申請期限と注意事項
令和7年度(2025年度)の受付期間は、2025年9月1日から開始している。受付締切は「地域別最低賃金の発効日の前日」または「11月末日」のいずれか早い日までが目安となっている(都道府県により異なる場合があるため要確認)。
令和8年度(2026年度)については、現時点(2026年4月)では公式の受付開始日は未発表のため、厚生労働省の公式サイトで最新情報を確認すること。
建設業の場合、年度末の3月に工事が集中し、設備の導入・検収が遅れやすい。年度後半に申請して年度内に完了できないケースを避けるため、早めの申請が得策です。
建設業の最低賃金と賃上げ圧力の実態
業務改善助成金が注目されている背景には、建設業における急激な賃金環境の変化があります。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査(令和6年)によると、建設業の男性労働者の平均月給は43.1万円と製造業並みの水準まで改善している。しかし、現場で働く技能者(職人)の時給水準は地域差が大きく、特に地方圏の専門工事業者では最低賃金近傍で雇用している層が一定割合存在する。
2024年度の最低賃金引き上げ幅は全国加重平均51円(1,004円→1,055円)と過去最大水準となりました。公共工事設計労務単価は14年連続で上昇しており、現場の賃金を引き上げる原資は確保しやすい環境になっている一方、下請け専門工事業者では元請けからの工事単価の反映が遅れ、実際には賃上げ原資を捻出しにくいケースも多くあります。
業務改善助成金は、こうした構造的な賃上げ圧力と設備投資ニーズを同時に解決する手段として機能しうる。中小建設会社が制度を正しく活用できるかどうかが、今後の人材確保と生産性向上の鍵を握ることになる。
よくある質問
よくある質問
- 業務改善助成金は建設業の一人親方でも申請できますか?
- 一人親方は「労働者がいない」扱いになるため、基本的には申請できません。業務改善助成金は、賃金を引き上げる対象となる「労働者(従業員)」が1名以上いることが前提です。なお、雇用している従業員が1名でも要件を満たせれば申請対象になります。
- 交付決定前に設備を購入してしまいました。遡って申請できますか?
- 遡っての申請はできません。業務改善助成金は「これから実施する設備投資と賃金引上げ」に対する助成であり、交付決定前の購入は対象外です。見積もりを取る段階は問題ありませんが、発注・購入は必ず交付決定通知書を受け取った後に行ってください。
- ドローンは業務改善助成金の対象になりますか?
- 測量や点検業務に使用するドローンは、生産性向上に資する設備として対象になりえます。ただし、機体・ソフトウェア・操作訓練費が対象かどうかは計画書の内容と都道府県労働局の審査によります。「どの業務の効率化に使うか」「どれだけ工数が削減されるか」を数値で示すことが申請のポイントです。
- 施工管理アプリのサブスクリプション費用は対象になりますか?
- クラウド型の施工管理アプリのライセンス費・月額利用料も対象になりえます。ただし、事業完了期限内に支払いが完了する範囲が対象となるため、複数年分をまとめて計上することは難しい場合があります。都道府県労働局に事前確認することをお勧めします。
- 複数の事業場(営業所・拠点)がある場合、それぞれで申請できますか?
- 2025年度から申請単位が「事業主(会社全体)単位」に変更されました。複数の事業場(拠点)があっても、会社全体での年間助成上限は600万円です。どの拠点のどの設備を申請するかをまとめて計画する必要があります。
関連記事
参考情報
- 業務改善助成金 制度概要 — 厚生労働省(2026-04-27確認)
- 業務改善助成金 公式ページ — 厚生労働省、2025年(2026-04-27確認)
- 令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概況 — 厚生労働省、2025年3月公表
- 地域別最低賃金の全国一覧 — 厚生労働省