この記事の監修 山本 貴大 / ケンテク編集長

150社以上のマーケティング/コンサルティング支援実績。認定支援機関と連携した補助金計画書の作成支援も手がける。

鉄鋼が上がった。生コンも上がった。契約した金額では利益が出ない — 建設業界でこうした声が増えたのは2022年以降のことです。ウクライナ情勢や円安の影響で主要資材の価格が急騰し、契約時の見積もりが工事の途中で通用しなくなるケースが相次ぎました。

こうした資材高騰リスクを発注者と受注者で分担するための仕組みが「スライド条項」です。公共工事では工事請負契約書の第26条(旧第25条)に規定されていますが、種類が3つあり、適用条件も異なるため「聞いたことはあるが使い方がわからない」という事業者が多いのが実情でしょう。

この記事では、3種類のスライド条項の違いを比較表で整理し、請求の実務手順から民間工事の契約書への記載例までを解説します。

スライド条項とは — 資材高騰リスクを発注者と分かち合う仕組み

スライド条項とは、工事請負契約の締結後に資材価格や賃金水準が大幅に変動した場合に、請負代金額を変更できるようにする契約上の規定です。公共工事では「公共工事標準請負契約約款」の第26条に定められており、国や自治体が発注する工事には原則として組み込まれています。

条項の趣旨は「契約の片務性の排除」にあります。長期にわたる建設工事では、契約時に予測できなかった価格変動が起きることは避けられません。そのリスクを受注者だけに押し付けるのではなく、一定のルールに基づいて発注者と分担する。スライド条項はそのための安全弁です。

国土交通省は2022年以降、資材高騰を受けてスライド条項の積極的な活用を繰り返し通知しています。特に2022年6月の事務連絡では、全国の地方公共団体に対してスライド条項の運用基準を策定・公表するよう要請しました。自治体レベルでも運用が整備されつつあり、「使える条項」へと変わってきています。

2025年12月施行の改正建設業法では、資材高騰時の「おそれ情報」を下請けに通知する義務が規定されました。スライド条項の実効性を法律面から後押しする内容になっています。

3種類のスライド条項を比較 — 全体・単品・インフレの違い

スライド条項には「全体スライド」「単品スライド」「インフレスライド」の3種類があります。それぞれ対象とする価格変動の種類・適用条件・受注者負担率が異なります。

3種類の比較表

項目全体スライド単品スライドインフレスライド
根拠条文第26条 第1〜4項第26条 第5項第26条 第6項
対象価格水準全般の変動特定資材の著しい価格変動急激な物価・賃金水準の変動
対象工事工期12ヶ月超全工事全工事
残工期要件2ヶ月以上2ヶ月以上2ヶ月以上
基準日契約締結から12ヶ月経過後請求日請求日
受注者負担残工事費の1.5%対象工事費の1%対象工事費の1%
再スライド条件付きで可不要(全資材一括算定)条件付きで可
併用単品スライドと併用可全体またはインフレと併用可単品スライドと併用可

全体スライド

工期が12ヶ月を超える長期工事を対象に、残工期における物価全般の変動を反映する仕組みです。契約から12ヶ月が経過した時点を起点として、それ以降の残工事費の物価変動分を算定します。受注者は残工事費の1.5%までを負担し、それを超える部分が請負代金の増減対象になります。

比較的ゆるやかな物価変動に対応するための制度であり、急激な高騰には向いていない点に注意が必要です。

単品スライド

特定の主要資材(鉄鋼・生コンクリート・アスファルトなど)が著しく変動した場合に適用します。工期の長短を問わず全工事が対象で、対象工事費の1%を超える価格変動分を発注者が負担します。

2022年の資材高騰局面で最も多く活用されたのがこの単品スライドです。国土交通省は2022年3月に運用を改定し、適用手続きの迅速化を図っています。部分払いを行った出来形部分を除いた残工事の全資材が対象となるため、再スライドの必要はありません。

インフレスライド

賃金水準を含む物価全般が急激に変動した局面で適用する緊急対応型の条項です。全体スライドと異なり工期12ヶ月の要件がなく、急激なインフレに素早く対応できます。受注者負担は対象工事費の1%です。

2023年3月の運用改定により、工期内に賃金水準の変更が生じていなくてもインフレスライド請求が可能になりました。

併用のルール

全体スライドとインフレスライドは対象領域が重なるため併用できませんが、それぞれ単品スライドとの併用は可能です。併用する場合は「全体スライドまたはインフレスライドでまず算定し、拾いきれない個別資材の変動分を単品スライドで補完する」という順序で適用します。重複計上を防ぐため、単品スライドの算定時に全体スライドで既に反映された分は差し引きます。

スライド条項の請求手順 — 現場がやるべき4ステップ

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スライド条項は「使える」ことを知っていても、実際に請求したことがないという事業者が多いのが現状です。請求の流れを4つのステップに分けて整理します。

ステップ1: 該当するスライド種別を判定する

最初にやるべきは「3種類のうちどれに該当するか」の判定です。判断の分かれ目は主に以下の3点になります。

  • 特定の資材が急騰したのか、物価全般が上がったのか
  • 工期は12ヶ月を超えているか
  • 契約から12ヶ月以上経過しているか

特定資材(鉄鋼・木材・セメントなど)の価格が跳ね上がったケースなら単品スライドが第一候補です。賃金・物価が広範囲にわたって上昇しているならインフレスライドを検討します。長期工事で契約から1年以上経過している場合は全体スライドも選択肢に入ります。

ステップ2: 対象範囲を確定する

スライド額の算定に必要な「対象範囲」を確定します。具体的には以下の4項目です。

  • 対象となる工種(土工、コンクリート工、鉄筋工など)
  • 対象資材の品目と規格
  • 残数量(未施工分の数量)
  • 対象期間(基準日から請求日まで)

残数量の算定が曖昧だと協議が長引く原因になります。出来高報告書・施工写真・検収記録を照合して、根拠のある数字を固めておくことが重要です。

ステップ3: 根拠資料を整備する — 「数量×単価×差分」の3点セット

発注者との協議で揉めないための鍵は「数量根拠 × 価格根拠 × 期間特定」の3点セットです。

数量根拠は、契約数量から出来高を差し引いた残数量。発注書・納品書・出来高報告書で裏付けます。価格根拠は、契約時の設計単価と請求時の実勢単価の差額。建設物価調査会や経済調査会の月次データ、メーカー見積書、実際の購入伝票などで複線化しておくと説得力が増します。期間特定は、どの時点からどの時点までの変動を対象にしているかの明示です。

根拠資料の精度がそのまま請求額の精度に直結します。原価管理ソフトを使えば工事別・工種別の実績原価をリアルタイムに把握でき、スライド請求の根拠データ整備が効率化されます。

ステップ4: 正式請求 → 協議

根拠資料が揃ったら発注者に正式にスライド請求を行います。国土交通省の直轄工事では所定の様式が用意されていますが、自治体発注工事の場合は発注機関ごとに様式が異なるため事前に確認してください。

協議の場では、議事録に以下の5項目を必ず記録します。

  • 適用するスライド条項の種類
  • 対象範囲(工種・資材・数量)
  • 算定方法と算定結果
  • 適用日(スライド額の起算日)
  • 次アクション(追加資料の提出期限、次回協議日など)

協議は調達前〜調達中の段階で先制的に始めるのがポイントです。工事完了後に「実は赤字でした」と申し出ても、発注者側の予算確保が間に合わず、協議が難航するケースがあります。

民間工事でスライド条項を契約書に盛り込む方法

スライド条項は公共工事の約款に規定されたものですが、民間工事でも契約書に盛り込んでおけば適用できます。むしろ民間工事の方が価格変動リスクへの備えが手薄なケースが多く、契約書での手当てが重要です。

盛り込むべき5つの要素

民間工事の契約書にスライド条項を入れる場合、以下の5つの要素を明記します。

  1. 対象資材の範囲 — 「主要資材(鉄鋼・生コンクリート・木材・アスファルト等)」のように列挙するか、「設計金額の5%以上を占める資材」のように基準を設定する
  2. 変動率の閾値 — 「契約時の単価から10%以上変動した場合」など、価格改定の発動条件を数値で定める
  3. 受注者負担の割合 — 公共工事に準じて「対象工事費の1%」とするか、当事者間で別途定める
  4. 協議の期限 — 「価格変動を認知した日から30日以内に書面で協議を申し入れる」のように期限を切る
  5. 根拠資料の提出方法 — 「物価調査機関の単価資料または実際の購入伝票を添付する」など、エビデンスの種類を事前に合意しておく

契約書への記載例

公共工事標準請負契約約款の第26条を参考に、民間工事向けに簡潔にまとめた記載例です。

第○条(資材価格等の変動に伴う請負代金の変更)

  1. 工期内に主要資材の価格または賃金水準に著しい変動が生じ、請負代金額が不適当となったと認められるときは、発注者または受注者は相手方に対して請負代金額の変更を請求することができる。

  2. 前項の請求は、対象資材の価格が契約時点から10%以上変動した場合に行うことができる。

  3. 請負代金額の変更額は、変動額から対象工事費の1%に相当する額を控除した額とする。

  4. 前各項の請求を行う者は、価格変動を認知した日から30日以内に書面により相手方に通知し、根拠資料を添えて協議を申し入れなければならない。

  5. 前項の協議が調わないときは、発注者が合理的な方法により定める。

これはあくまで記載例です。実際の契約書に組み込む際は、自社の法務担当や顧問弁護士と相談のうえ、取引の実情に合った文言に調整してください。

発注者への説明のポイント

スライド条項を初めて提案する場合、発注者に「値上げ交渉か」と警戒されることがあります。説明のポイントは3つです。

  • 「双方向」であることを伝える — 資材が下落した場合は発注者も減額を請求できる仕組みだと説明する
  • 公共工事の標準約款で採用されている実績を示す — 「公共工事では標準的に盛り込まれている条項です」と伝えることで制度の信頼性を補完できる
  • 価格転嫁の交渉術を参考に、感情論ではなく根拠データに基づいた提案にする

改正建設業法では、原価割れ契約の禁止が受注者側にも適用されるようになりました。適正な利益を確保するための契約条件整備は、法令遵守の観点からも必要性が高まっています。

よくあるつまずきと対処法

スライド条項の請求で現場が直面しやすい問題と、その対処法を整理します。

残数量の算定が曖昧になる

スライド額の算定で最も揉めやすいのが「残数量」の認識違いです。発注者と受注者で残数量の認識がずれていると、算定結果も食い違います。

対処法は、日常的に出来高管理を精緻に行い、帳票・施工写真・検収記録をセットで保管しておくことです。「工事の進捗 = 出来高」を常にエビデンス付きで説明できる状態にしておけば、スライド請求時の残数量算定もスムーズに進みます。

価格変動の根拠が弱い

「高くなった」という実感だけでは請求は通りません。建設物価調査会や経済調査会が毎月公表する単価データ、メーカーの値上げ通知書、実際の購入伝票など、複数の情報源で価格変動を裏付けることが必要です。

1つの資料だけでなく複数の資料で「複線化」しておくと、協議の場で説得力が増します。

協議のタイミングが遅い

工事が終わってから「実は原価が上がっていました」と申し出ると、発注者側は予算の手当てが困難になり協議が長引きます。資材価格の上昇傾向が見えた段階で、調達前に先制的に協議を始めるのが理想です。

「見積もりを取ったら契約時より15%上がっていた」という段階で第一報を入れておけば、発注者側も予算措置を検討する時間が確保できます。

民間工事で条項自体がない

既存の契約にスライド条項が入っていない場合、工事の途中から条項を追加するのは現実的に困難です。次回の契約更改時に「今後の契約にはスライド条項を入れましょう」と提案するのが実務上の対応になります。

提案の際は、公共工事標準請負契約約款の第26条を根拠として示し、前述の「5つの要素」を盛り込んだ文案をあらかじめ用意しておくとスムーズです。財務改善の支援制度も活用しながら、契約条件の改善を段階的に進めていきましょう。

原価管理の精度がスライド請求の成否を決める

スライド条項の請求で最終的に問われるのは「根拠データの精度」です。対象資材の数量、契約時単価、現在の実勢単価 — これらを正確に把握できていなければ、請求額の算定自体が成り立ちません。

手計算やExcelでの管理に限界を感じているなら、原価管理ソフトの導入を検討する価値があります。工事別・工種別に実績原価をリアルタイムで集計できるため、スライド請求の根拠データ整備が格段に効率化されます。「いくら使ったか」が常に見える状態であれば、資材価格の変動を早期に察知して先制的な協議に持ち込むことも可能です。

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よくある質問

スライド条項は民間工事でも使えますか?
契約書にスライド条項を盛り込んでいれば民間工事でも適用できます。公共工事標準請負契約約款の第26条を参考に、対象資材・変動率の閾値・受注者負担割合・協議期限・根拠資料の提出方法の5要素を契約書に明記してください。
3種類のスライド条項は併用できますか?
全体スライドと単品スライド、またはインフレスライドと単品スライドの組み合わせで併用可能です。全体スライドとインフレスライドは対象領域が重なるため併用できません。併用する場合は全体またはインフレで算定後、拾いきれない分を単品で補完する順序で適用し、重複計上を防ぎます。
スライド条項の請求から協議成立までどのくらいかかりますか?
国土交通省直轄工事の場合、請求から14日以内に協議を開始し、協議開始から概ね1〜2ヶ月程度で結論が出るのが一般的です。根拠資料の不備や残数量の認識の食い違いがあると協議が長引くため、請求前の資料整備が重要です。
下請けから元請けへのスライド請求は可能ですか?
下請契約にスライド条項が含まれていれば請求可能です。公共工事の場合、元請けが発注者からスライド増額を受けた際に下請代金にも反映することが国土交通省のガイドラインで求められています。2025年12月施行の改正建設業法では、資材価格上昇の「おそれ情報」を下請けに通知する義務も追加されました。
改正建設業法(2025年)でスライド条項はどう変わりましたか?
改正建設業法では直接的なスライド条項の変更はありませんが、資材高騰時の「おそれ情報」通知義務や標準労務費制度の導入により、スライド条項の活用を後押しする環境が整備されました。原価割れ契約の禁止(受注者側にも適用拡大)と合わせて、適正な価格転嫁を促進する制度的な裏付けが強化されています。

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