この記事の監修 山本 貴大 / ケンテク編集長

150プロジェクト以上のマーケティング/コンサルティング支援実績。認定支援機関と連携した補助金計画書の作成支援も手がける。

「見積もりを出すのが遅すぎて、仕事を取り逃がしていた」

埼玉県で給排水・衛生設備の配管工事を手がけるB工業(仮称、従業員15名)の社長・Bさんは、ある失注をきっかけに積算の仕組みを根本から見直すことを決意しました。

得意先のマンション管理会社から「配管交換工事の見積もりを3日以内に出してほしい」と依頼されたものの、現場調査から見積書の作成まで6日かかってしまいました。連絡したときにはすでに競合他社に発注が決まっていた——そんな出来事が2回続いた時期があったといいます。

「工事の品質には自信があった。でも見積もりの遅さで負けていたのは悔しかった」とBさんは振り返ります。

積算に時間がかかっていた構造的な理由

B工業で見積もりに時間がかかっていた原因は、作業スピードの問題ではなく、仕組みの問題でした。

Excelの単価表に潜む3つの非効率

非効率1 — 単価表のバージョン管理が崩壊していた

B工業には「標準単価表」というExcelファイルがありましたが、担当者が個別に修正を加えているうちに、5種類のバージョンが存在する状態になっていました。どのファイルが最新か確認するだけで時間がかかり、誰かの修正が別の見積もりに反映されずに古い単価で見積もりを出してしまうミスも発生していました。

非効率2 — 類似工事の探し方が属人的だった

過去の類似工事を参考にするのは積算の基本ですが、B工業では「誰がどの工事を担当したか」という情報がBさんの頭の中にしかありませんでした。事務員が過去の見積書フォルダから類似案件を探すと、ファイル名が「見積書-2022年3月(改定).xlsx」のような形式で統一されておらず、探し当てるのに30分以上かかることがありました。

非効率3 — 拾い出し作業が図面ごとに一から発生していた

配管工事の積算では、図面から管材の種類・口径・延長を読み取る「拾い出し」作業が必要です。B工業では拾い出しを手作業で行っており、A4一枚の図面でも材料の種類が多い場合は1〜2時間かかっていました。類似工事のデータが使えないため、毎回ゼロから計算し直す構造になっていました。

積算工数の実態

導入前にBさんが計測した見積もりの実際の所要時間を整理します。

積算の工程所要時間(1件あたり)課題
現場調査・図面確認2〜4時間この工程自体は削減できない
拾い出し(材料の数量計算)2〜4時間毎回手作業でゼロから実施
単価の入力・計算3〜5時間複数バージョンの単価表から転記
類似工事の参照30〜60分ファイル検索に時間がかかる
見積書の清書・出力1〜2時間ExcelとWordの二重作業
合計2〜3日

月間に処理できる見積件数は5件が限界で、それ以上の依頼が来ると対応できずに断るか、回答が遅れるかの選択を迫られていました。

積算ソフト選定の経緯

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Bさんが積算ソフトの検討を始めたのは、商工会議所のDX相談窓口に立ち寄ったことがきっかけです。相談員から「積算に時間がかかっている会社ほど、ソフト導入の効果が大きい」と聞き、具体的な製品の比較に着手しました。

選定にあたってBさんが設定した優先条件は4つです。

1つ目は、配管工事の標準的な材料マスタが最初から入っていること。材料マスタをゼロから登録するのでは手間が変わらないため、給排水・衛生設備の材料マスタが初期装備されているかどうかは必須要件でした。

2つ目は、図面との連動または拾い出し支援機能があること。完全な自動拾い出しでなくても、入力を補助する機能があれば作業時間が変わります。

3つ目は、過去見積書の流用・参照機能があること。類似工事のデータを検索・流用できれば、毎回ゼロから始めなくて済みます。

4つ目は、IT導入補助金の対象ツールであること。従業員15名の会社にとって、年間数十万円のツール費用は意思決定に影響します。

この条件をもとに「楽王Link」(仮称)を含む3製品のデモを受け、機能と操作感を比較しました。最終的に楽王Linkを選んだ決め手は、給排水設備に特化した材料マスタの充実度と、過去見積の流用機能の使いやすさでした。

導入コストとIT導入補助金の活用

費用項目金額備考
ソフト年間ライセンス(初年度)384,000円3ユーザー×月32,000円
単価マスタ登録支援(ベンダー)60,000円初期設定サポート費用
社内研修工数約30時間Bさん含む担当者2名
IT導入補助金による補助△180,000円補助率 約40%
実質負担(初年度)約264,000円補助後の手出し

補助金の申請はベンダーのサポートで完結し、Bさんの申請手続き工数は確認・押印を含めて2〜3時間程度でした。

2ヶ月かかった「単価マスタ登録」という土台作り

積算ソフトは導入即効果が出るわけではありません。B工業の事例で特徴的なのは、稼働開始前の2ヶ月間を「単価マスタ登録」に集中させた点です。

Bさんと事務員1名で取り組んだのは、過去3年分の見積書から実際に使用した単価を洗い出し、ソフトに登録していく作業です。3年間で受注した工事が約150件あり、そこから使用頻度の高い材料・工種を抽出して優先度をつけました。

登録した内容は主に3種類です。

  • 材料マスタ(パイプ・継手・バルブ等、約400品目)
  • 工種マスタ(土工・配管・溶接等、約80工種)
  • 歩掛データ(工種ごとの1人日当たりの施工数量の目安)

「単価マスタの整備が一番しんどかったし、一番重要だった」とBさんは語ります。最初の1ヶ月は単価マスタを登録しても積算ソフトを実際の見積もりには使わず、「正確なマスタが揃っているか」の検証期間として使いました。

この地道な準備があったからこそ、3ヶ月目以降の見積時間が劇的に短縮されました。

導入後の効果 — 数字で見るBefore / After

単価マスタ登録が完了し本格稼働を開始した3ヶ月目以降の効果を計測しました。

指標導入前導入後(3ヶ月以降)変化
見積もり作成時間(1件あたり)2〜3日半日(3〜4時間)75%削減
月間見積件数5件9件80%増
受注率(見積件数に対する受注数)42%51%9ポイント改善
年間利益率(積算精度向上による改善)2.1%改善
見積ミス(単価入力誤り)の発生頻度月1〜2件ほぼゼロ大幅削減
類似工事の参照時間30〜60分5分以内90%削減

月間見積件数が5件から9件に増えたことで、受注件数も増加しました。受注率が9ポイント改善した理由について、Bさんは「見積提出が速くなったことで、競合との競り合いで先手を取れるようになった」と分析しています。建設の見積競争では、同程度の品質・価格なら早く出した会社が選ばれることが多いため、スピードが直接受注につながっています。

利益率の2.1%改善は、積算精度の向上によるものです。以前は手計算の過程で生じる単価の転記ミスや数量の計算誤りが見積もりの精度を下げており、「安く出しすぎた見積もり」が利益を圧迫していました。単価マスタの一元管理と自動計算によって、このような人為的ミスがほぼなくなっています。

見積スピードが上がったことで生まれた新しい現実

定量的な数値以外に、Bさんが感じている変化があります。

まず、見積もり以外の仕事に使える時間が生まれたことです。以前は見積もりを出すだけで月の業務の3割以上を費やしていたBさん自身が、今は現場の品質管理や社員の育成に時間を割けるようになっています。

次に、見積もりの精度が上がったことで積算知識の蓄積が進んでいます。単価マスタに登録したデータが会社の資産になり、新入社員が見積もりを担当する際のベースラインとして機能し始めました。以前は「誰も触れないBさんの頭の中にある暗黙知」だった積算ノウハウが、ソフトのデータとして言語化されています。

3つ目は、発注者への提案内容が変わったことです。見積もりを早く出せるようになったことで、「追加で別パターンの見積もりも出せますよ」という提案がしやすくなりました。工法の違いによるコスト比較や、仕様変更時の差額見積を迅速に出せることが、得意先からの信頼向上につながっています。

導入で想定外だった3つの課題

B工業の導入も、課題なしではありませんでした。

最初の想定外は、単価マスタ登録の工数です。当初2週間を見込んでいた登録作業が2ヶ月かかりました。Bさんは「ここをもっと丁寧にやれとベンダーに言われていたが、2ヶ月は想定していなかった」と振り返ります。材料マスタが充実しているほどソフトの恩恵が大きくなるため、焦らずに取り組む価値のある作業だったと評価しています。

2つ目の課題は、積算ソフトが出力する見積書フォーマットと得意先ごとの書式の違いです。一部の得意先から「うちの書式で出してほしい」という要求があり、ソフト出力の見積書を元に手修正する手間が残っています。対応としては、主要な得意先3社のカスタムフォーマットをソフトのテンプレート機能で設定し、徐々に手修正の範囲を減らしています。

3つ目は、複数人での同時利用時のデータ競合です。Bさんと事務員が同じ単価マスタを更新しようとした際にデータが上書きされるトラブルが1回発生しました。解決策として、単価マスタの更新権限をBさんのみに限定し、変更申請は事務員からBさんへの口頭確認を経る運用ルールを設けました。

積算ソフトの選び方 — 配管工事会社向けのチェックリスト

B工業の選定経験をもとに、配管工事・水道工事会社が積算ソフトを選ぶ際に確認すべき項目を整理します。

確認項目具体的な確認内容B工業の優先度
配管材料マスタの充実度給排水・衛生設備の標準材料が初期装備されているか最重要
過去見積の検索・流用過去工事を工種・場所・金額等で検索・流用できるか最重要
拾い出し支援図面からの数量入力を補助する機能があるか重要
単価の一元管理複数ユーザーが共有する単価マスタを管理できるか重要
出力フォーマット得意先ごとのカスタム書式に対応できるか重要
工事別原価との連携原価管理ソフトとの連携・データ移行が可能か
IT導入補助金対応補助金対象ツールとして登録されているか
スマホ対応現場調査時にスマホで入力・参照できるか標準
サポート体制導入後の操作質問に対応できるか標準

配管・水道工事に特化した積算ソフトの比較は積算ソフト比較建設業向け見積ソフト比較で詳しくまとめています。

受注率が上がった理由を深掘りする

受注率が42%から51%に改善した背景には、見積提出スピード以外の要因もあります。

積算の精度が上がったことで、見積金額の「根拠の説明」ができるようになりました。以前は手計算の積み上げだったため、得意先から「この単価の根拠は?」と聞かれた際に説明に詰まることがありました。ソフト上での積算は材料・労務・諸経費が明細で出てくるため、単価の根拠を数値で示せます。

建設業の見積もりに関して、中小建設会社の経営課題調査(中小企業庁「中小企業白書2023年版」)では、「見積もり・積算の非効率」を業務課題として挙げた会社が全体の39.2%に上っています。特に従業員20名未満の小規模建設会社では、積算を担当できる人材が社長1人に集中しているケースが多く、属人的なExcel積算から脱却できていない会社が多数存在します。

出典: 中小企業庁「中小企業白書 2023年版」

積算ソフト導入後の次のステップ

B工業では積算ソフトの定着から約1年後、次のステップとして「見積書の電子承認フロー」の導入を検討しています。

現状、Bさんが確認・押印した見積書を事務員がPDFに変換して得意先にメール送信しています。得意先からの発注書も郵送・FAXで届くため、受注確認までのフローに紙の往来が残っています。電子承認フローを導入することで、受注〜工事着工のリードタイムをさらに短縮できると見込んでいます。

また、積算ソフトのデータを原価管理ソフトと連携させることも課題として挙がっています。現在は積算で作成した予算(見積)と工事完了後の実績を手作業で比較していますが、システム連携によってこの作業を自動化できれば、見積精度のフィードバックループが回りやすくなります。

建設業における積算・見積業務の市場動向

建設業の積算・見積に関するデジタル化は、大手ゼネコンでは急速に進む一方、中小専門工事会社では遅れが目立つ分野です。

国土交通省が推進するBIM/CIM(Building Information Modeling/Construction Information Modeling)の普及に伴い、3次元モデルから数量を自動抽出する技術が実用化されています。ただし、BIM活用が進むのは中堅以上のゼネコン・サブコンが中心で、従業員50名未満の専門工事会社ではまだ導入例が少ない段階です。

より現実的な中小専門工事会社向けのデジタル化として、クラウド型積算ソフトの普及が進んでいます。2024年度のクラウド型積算ソフト市場は前年比約15%成長しており、特にIT導入補助金の活用とセットで導入が加速しています(株式会社矢野経済研究所「建設テック市場に関する調査」2024年度)。

B工業のような従業員15名規模の専門工事会社にとって、まず手が届くDXのステップとして積算ソフトの導入は費用対効果が明確で、投資判断がしやすい施策です。月間見積件数が5件から9件になるということは、それだけ多くの受注機会に応えられる体制ができるということです。

この事例から中小建設会社が学べること

B工業の事例から得られる教訓を整理します。

見積もりの遅さは「作業が遅い」ではなく「仕組みが非効率」という構造的な問題であることが多いです。単価表のバージョン管理、過去データの検索性、拾い出しの手作業——これらはすべて仕組みで解決できる問題です。

積算ソフトは導入から効果が出るまでに「マスタ登録という準備期間」が不可欠です。B工業は2ヶ月の準備期間を設けましたが、この期間をどれだけ丁寧にやるかが導入後の精度に直結します。

積算の速さが直接の競合優位になる市場があります。配管・水道・電気など専門工事の見積競争では、同程度の品質・価格なら早く提出した会社が選ばれることが多くあります。見積スピードの改善は、営業戦略としての意味を持ちます。

ソフトの導入によって蓄積された単価マスタや過去見積データは会社の無形資産になります。担当者が退職しても積算のノウハウが失われない体制は、人手不足に対するリスクヘッジとしても機能します。

まとめ

B工業の事例は、見積もりに2〜3日かかっていた配管工事会社が積算ソフトを導入し、半日(75%削減)に短縮した記録です。月間見積件数は5件から9件(80%増)となり、受注率は42%から51%に9ポイント改善しました。

成功の要因を一言でいえば「準備の質」です。2ヶ月かけて単価マスタを丁寧に登録したことが、その後の積算スピードと精度の向上を支えました。IT導入補助金(補助額18万円)を活用したことで、初年度の費用負担も合理的な範囲に抑えられています。

見積もりのスピードは受注率に直結します。見積業務の時間を投資対効果の観点で見直す機会として、積算ソフトの導入を検討してみてください。

積算ソフトの導入を社内で提案する際に壁になりやすいのが、「今のExcelで十分ではないか」という反論です。その場合、「月間で失っている機会損失」を数字にして示すのが効果的です。B工業のケースで言えば、月5件が上限だった見積件数が9件に増えたことで、増えた4件の中から複数の受注が生まれています。現状の見積件数とその上限を計算し、「件数が増えれば年間で追加受注○件・売上○万円が見込める」という試算を添えた提案書を作ると、経営判断が具体的になります。IT導入補助金の活用ガイドも合わせてご覧ください。

参考情報

よくある質問

積算ソフトを導入するとどれくらい見積もり時間が短縮できますか?
本事例では2〜3日かかっていた見積もり作成が半日(3〜4時間)に短縮され、75%の削減を達成しました。効果の大きさは、導入前の非効率度(単価表のバージョン管理や過去データの参照方法)によって変わります。
積算ソフトの導入準備にはどれくらいの期間が必要ですか?
単価マスタ登録に2ヶ月程度を見込むのが現実的です。本事例では過去3年分の見積書から材料・工種マスタ(約480項目)を登録するのに2ヶ月かかりました。この準備期間の質が、稼働後の積算精度を決めます。
積算ソフトはIT導入補助金の対象になりますか?
多くの建設業向け積算ソフトがIT導入補助金(現・デジタル化・AI導入補助金)の対象です。本事例では18万円の補助を受けています。導入を検討しているソフトが対象かどうかは、ベンダーへの最初の問い合わせ時に確認しましょう。
積算ソフトを入れると受注率は上がりますか?
本事例では受注率が42%から51%に9ポイント改善しました。見積提出スピードが速くなることで競合より先に見積もりを出せるようになったことと、積算精度の向上で見積金額の根拠説明ができるようになったことが主な要因です。
小規模な配管工事会社でも積算ソフトは使えますか?
はい、従業員15名規模の会社で十分に活用できます。本事例の会社も15名で、3ユーザーライセンスから始めています。初期費用をIT導入補助金で抑えつつ、まず1〜2名での運用からスタートする方法が現実的です。
積算ソフトと原価管理ソフトは別々に必要ですか?
積算ソフトは見積書の作成(受注前)に特化し、原価管理ソフトは工事実行中の原価進捗管理(受注後)に使います。連携できる製品も存在します。本事例のB工業は積算ソフトを先行導入し、原価管理との連携は次のステップとして検討しています。

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