この記事の監修 山本 貴大 / 株式会社ローカルマーケティングパートナーズ 代表取締役

建設業×DXの専門メディア「ケンテク」編集長。中小建設会社のDX導入支援・マーケティング支援に従事。

「手形が届くのは3ヶ月後、現金化できるのはさらに先」。建設業では当たり前だった約束手形での支払いが、2026年度末(2027年3月末)をめどに廃止されます。すでに2024年11月からは手形の支払期間が120日から60日に短縮されるルールが適用されており、建設業の資金繰りに大きな変化が起き始めています。

この制度変更は、元請けにとっては支払いの前倒しを意味し、下請けにとっては入金サイクルの改善につながる可能性があります。ただし、移行準備をしなければ資金ショートのリスクもある。この記事では、約束手形廃止のスケジュールから代替決済手段の比較、具体的な移行ステップまでを解説します。

約束手形の廃止はいつ? スケジュールと背景

タイムライン

時期内容
2021年2月経済産業省が「約束手形の利用廃止」を提言(有識者検討会)
2024年11月下請代金支払遅延等防止法(下請法)改正。手形の支払期間を120日→60日に短縮
2026年度末(2027年3月末)約束手形の利用廃止目標時期

なぜ廃止されるのか

約束手形は「支払いを先延ばしにする」仕組みです。手形を受け取った下請けは、記載された期日まで現金を受け取れません。建設業では120日(4ヶ月)の手形が一般的でしたが、この間の資金繰りを下請けが負担する構造が、中小企業の経営を圧迫してきました。

全国銀行協会の統計によると、手形交換高はピーク時(1990年)の約4,797兆円から2023年には約119兆円まで減少しており、経済全体では手形離れが進んでいます。しかし建設業は製造業や卸売業と並んで手形利用が残り続けている業種のひとつです。中小企業庁の調査では、建設業の下請企業のうち約3割が依然として手形で代金を受け取っているとされています。

政府は、約束手形の廃止と電子決済への移行を進めることで、サプライチェーン全体の資金フローを改善しようとしています。手形は印紙税のコスト(額面に応じて200円〜20万円)、紛失・盗難リスク、銀行での取立手続きなど管理コストも大きく、企業側にとっても廃止のメリットは少なくありません。

建設業で手形が多用されてきた理由 — 多重下請構造と長い入金サイト

建設業は他の業種と比べて約束手形への依存度が高い業界です。その背景には、建設業特有の取引構造があります。

長い工期と分割払い

建設工事は着工から竣工まで数ヶ月〜数年かかります。発注者からの入金が「竣工後」にまとまるため、元請けは下請けへの支払いを手形で先送りにする動機が生まれやすい構造です。たとえば工期12ヶ月の公共工事で、竣工検査後30日以内に発注者から入金される場合、元請けは工事期間中の材料費・外注費をすべて自社で立て替えることになります。この立替負担を軽減するために「竣工後に入金されたら払う」という手形の仕組みが使われてきました。

多重下請け構造

元請け→1次下請け→2次下請け→3次下請け。各階層で支払いが手形になると、最下層の職人集団には数ヶ月分のキャッシュが滞留します。仮に元請けが1次下請けに120日手形で支払い、1次下請けが2次下請けにさらに120日手形で支払うと、2次下請けが現金を手にするのは工事完了から最大240日後になることもあります。建設業の資金繰り改善で解説しているとおり、利益は出ているのに手元資金がない「黒字倒産」のリスクは、この構造に起因しています。

手形が「信用」の代わりになっていた

取引関係が長い元請けと下請けの間では、手形が「支払い意思の証明」として機能してきた面もあります。手形の不渡りを出すと銀行取引停止処分になるため、「手形を切る=必ず払う」という信頼関係がありました。廃止後はこの機能を別の仕組みで代替する必要があります。

手形廃止が元請け・下請けに与える影響

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元請けへの影響: 支払いの前倒し

手形で120日後に支払っていたものが、振込(30〜60日)やでんさい(60日以内)に変わると、元請けは支払いのタイミングが早まります。その分、運転資金の確保が必要です。月商1億円の元請けが手形から振込60日に切り替えた場合、約2ヶ月分(2億円)の資金が従来より早く流出する計算になります。急な切り替えに備え、銀行への融資枠の拡大や当座貸越の設定を事前に相談しておくことが欠かせません。

下請けへの影響: 入金サイクルの改善

下請けにとっては、手形から振込に移行すれば入金が早まります。資金繰りが改善し、材料の仕入れや職人への支払いに余裕が生まれます。手形を受け取っている間は「手元に売掛金があるのに使えない」状態が続くため、つなぎ資金として銀行から短期借入を起こすケースも多く、金利負担が経営を圧迫する原因になっていました。入金サイクルが短縮されれば、借入れに頼らず自己資金で回せる範囲が広がります。手形の割引(満期前に銀行に買い取ってもらうこと)にかかっていた割引料も削減でき、実質的な利益率の向上につながります。

資金繰りシミュレーション

月商3,000万円の下請け建設会社で、手形120日→振込60日に変わった場合を試算します。

項目手形120日振込60日差額
売掛金の滞留期間120日60日−60日
滞留資金約1.2億円約6,000万円6,000万円の改善
つなぎ融資の必要額利息負担の軽減

滞留資金が6,000万円改善すれば、その分の借入金利(年2%で年間120万円)が不要になります。

元請け側の注意

元請けにとっては支払いが前倒しになるため、発注者からの入金タイミングとのギャップが広がる可能性があります。公共工事では前金払い制度や中間金の活用、民間工事では出来高払いの交渉を検討してください。

改正建設業法との合わせ技 — 2025〜2026年に下請経営が変わる

約束手形の廃止は単独の制度変更ではなく、改正建設業法と連動しています。

制度変更施行時期下請けへの影響
原価割れ受注の禁止2025年12月赤字受注からの解放
標準労務費制度2025年12月適正な労務費の確保
手形の60日ルール2024年11月〜入金サイクルの短縮
約束手形の廃止2027年3月末目標キャッシュフローの改善

この4つの制度変更を合わせると、下請けの中小建設会社にとっては「適正な価格で受注し、より早く入金される」環境が法的に整備される方向です。ただし自動的にそうなるわけではなく、各制度を理解して自社の経営に反映させる行動が必要です。

手形廃止後の3つの代替決済手段を比較

約束手形に代わる決済手段として、主に3つの選択肢があります。

決済手段入金までの日数手数料導入の容易さ特徴
銀行振込30〜60日振込手数料(数百円)容易最もシンプル。既存の銀行口座で対応可能
でんさい(電子記録債権)60日以内発生記録手数料(数百円〜)やや手間手形の電子版。譲渡・割引が可能。金融機関での口座開設が必要
ファクタリング即日〜数日売掛金の2〜10%容易売掛金を買い取ってもらい即現金化。手数料が高いため常用は非推奨

どれを選ぶべきか

中小建設会社にとっては、銀行振込への移行が最もシンプルです。元請けとの交渉で「手形から振込に切り替えてほしい」と伝えるだけで済みます。

でんさいは手形と同様に「譲渡」や「割引」ができるため、手形の機能を維持したい場合に適しています。ただし、取引先の双方がでんさいの利用登録をしている必要があります。

ファクタリングは緊急時の資金調達手段としては有効ですが、手数料が高い(売掛金の2〜10%)ため、常用するとかえって利益を圧迫します。仮に月商3,000万円の売掛金を毎月ファクタリングに回し、手数料が5%だった場合、年間で1,800万円のコストが発生します。利益率5%の会社であれば、ファクタリング手数料だけで利益がほぼ消える計算です。あくまで一時的なキャッシュ不足を乗り越えるための手段と位置づけ、恒常的な決済手段としては振込かでんさいを選ぶのが合理的です。

中小建設会社が今すぐ始める移行5ステップ

Step 1: 自社の手形取引の棚卸し

現在の手形取引の実態を把握するところから始めます。受取手形の件数・金額・支払期間、支払手形の件数・金額・支払期間をリストアップしてください。決算書の「受取手形」「支払手形」の残高だけでなく、取引先ごとに期日と金額を一覧表にしておくと、次のステップで個別交渉がしやすくなります。経理担当者がいない小規模事業者の場合は、顧問の税理士に依頼して過去1年分の手形取引を整理してもらう方法が確実です。

Step 2: 取引先との協議

元請け(支払い側)に対して、手形から振込またはでんさいへの切り替えを申し入れます。2024年11月から60日ルールが適用されていることを伝え、「法令に基づいた適正な支払い方法への移行」として協議するのがスムーズです。交渉の際は、一方的に要望を伝えるだけでなく、元請け側の事情も考慮した提案にすることが大切です。たとえば「来月からすべて振込に変えてほしい」ではなく、「次の新規契約分から振込に切り替え、既存契約分は現在の手形期日で精算する」といった段階的な移行案を示すと合意を得やすくなります。

Step 3: でんさい口座の開設(必要な場合)

でんさいを利用する場合は、取引銀行ででんさいの利用登録を行います。手続きには1〜2週間程度かかるため、早めに動いてください。でんさいネットには全国の主要銀行や信用金庫、信用組合など約470の金融機関が参加しています。取引銀行の窓口で「でんさいの利用申込書」を提出するだけで手続きは完了しますが、法人の場合は登記簿謄本や印鑑証明書が必要になるため、事前に書類を準備しておくとスムーズです。

Step 4: 経理フローの変更

手形の管理業務(手形台帳の記入、満期日管理、銀行での取立手続き)が不要になる一方、振込の消込処理や入金確認のフローを整備する必要があります。手形管理に費やしていた経理担当者の作業時間は、月あたり数時間〜10時間以上にのぼるケースもあり、振込に一本化すれば経理業務の効率化にもつながります。会計ソフトや原価管理ソフトの設定変更も忘れずに。振込データをインターネットバンキング経由で会計ソフトに自動取込する仕組みを導入すれば、消込作業の手間も大幅に削減できます。

Step 5: 資金計画の見直し

手形の滞留がなくなることで運転資金の構造が変わります。入金が早まる分のメリットと、支払いが前倒しになる分の資金需要を再計算し、銀行との融資枠の見直しも検討してください。具体的には、向こう6ヶ月間の入出金予定表を作り直し、手形がなくなった場合のキャッシュフローをシミュレーションしておくことを推奨します。資金繰り表のテンプレートは中小企業庁や各地の商工会議所のサイトで無料公開されているため、活用するとよいでしょう。

参考情報

よくある質問

約束手形はいつ廃止されますか?
政府は2026年度末(2027年3月末)をめどに約束手形の利用廃止を目指しています。すでに2024年11月から下請法の改正により手形の支払期間が120日から60日に短縮されています。
手形廃止後の代替決済手段は何がありますか?
主な代替手段は3つです。(1)銀行振込(最もシンプル、既存口座で対応可能)、(2)でんさい(電子記録債権、手形と同様に譲渡・割引が可能)、(3)ファクタリング(売掛金の即時現金化、手数料2〜10%)。中小建設会社には銀行振込への移行が最も現実的です。
手形廃止は下請けにとってメリットですか?
はい、入金サイクルが大幅に改善します。手形120日が振込60日になれば、月商3,000万円の会社で滞留資金が約6,000万円改善する試算です。つなぎ融資の利息負担も軽減されます。ただし、移行期間中は手形と振込が混在するため、経理フローの整備が必要です。
でんさいと銀行振込、どちらを選ぶべきですか?
手形の「譲渡」や「割引」の機能が不要であれば銀行振込がシンプルです。手形を他社への支払いに回していた(裏書譲渡)場合は、同様の機能を持つでんさいが適しています。でんさいの利用には取引先双方の登録が必要なため、取引先の対応状況も確認してください。
元請けに手形から振込への変更を申し入れるには?
2024年11月からの60日ルール(下請法改正)を根拠に、「法令に基づいた支払い方法の適正化」として申し入れるのが効果的です。改正建設業法の原価割れ禁止・標準労務費制度と合わせて、適正な取引条件への移行として話を進めるとスムーズです。

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