社長が60代後半に差しかかり、息子は別の仕事に就いている。番頭格の社員も50代後半で、いつまで現場を回せるかわかりません。こうした状況に直面している中小建設会社は少なくありません。
帝国データバンクの「全国企業後継者不在率動向調査(2024年)」によると、建設業の後継者不在率は約65%に達しています。2025年には国内の中小企業経営者の約245万人が70歳を超える見込みで、いわゆる「大廃業時代」のリスクが現実味を帯びています。特に建設業は許認可業種であるため、廃業すると建設業許可が消滅し、地域のインフラ維持に空白が生まれるという問題もあります。
この記事では、建設業の事業承継で経営者が知っておくべき3つの選択肢と、近年増加しているM&Aの進め方、建設業許可の引き継ぎ要件、活用できる補助金制度について、実務の流れに沿って整理します。
建設業の事業承継が急務になっている背景
建設業界では、経営者の高齢化と後継者不在が同時に進行しています。国土交通省の「建設業の現状と課題」によると、建設業就業者のうち55歳以上が約36%を占める一方、29歳以下は約12%にとどまっています。若手の採用難は慢性的で、社内に次の経営者候補が育っていない会社が大半です。
後継者不在のまま経営者が引退すると、従業員は職を失い、取引先には工期遅延や契約打ち切りのリスクが発生します。地方では、一社の廃業が地域の公共工事入札に参加できる業者の減少につながり、道路や水道の維持管理にまで影響が波及するケースもあります。
2024年の事業承継・引継ぎ支援センターの実績を見ると、建設業のM&A成約件数は261件で全体の12.2%を占め、業種別では最も多い水準です。建設業は「売りたい」側も「買いたい」側もニーズが高く、事業承継の選択肢として M&Aが現実的な手段になっていることがわかります。
建設業は地域の災害復旧やインフラ維持を担う「地域の守り手」です。国土交通省は建設業の事業承継を促進するため、2020年に建設業法を改正し、許可の承継制度を新設しました。
事業承継の選択肢は3つある
建設業に限らず、事業承継の方法は大きく3つに分かれます。それぞれの特徴と、建設業特有の注意点を整理します。
親族承継 — 息子・娘・親族への引き継ぎ
最も伝統的な方法です。中小企業庁の調査では、事業承継の約35%が親族承継にあたります。
建設業で親族承継を行う場合の最大のハードルは「経営業務管理責任者(経管)」の要件です。後継者が建設業の経営経験を5年以上持っている必要があり、異業種から戻ってきた子息がすぐに代表に就くことはできません。経営に必要な実務経験を積む準備期間として、少なくとも5年は見込む必要があります。
親族承継のメリットは、社内外の理解を得やすい点と、株式の移転を贈与・相続でスムーズに行える点です。一方で、後継者の意思と適性が合致しなければ、承継後の経営が不安定になるリスクもあります。
社内承継 — 役員・従業員への引き継ぎ
番頭格の社員や幹部に経営権を譲るパターンです。事業内容を熟知した人材に任せられるため、取引先や従業員からの信頼を維持しやすい方法といえます。
課題は株式の買い取り資金です。中小建設会社でも、純資産が数千万円から数億円に達する会社は珍しくなく、後継者個人がその資金を用意するのは容易ではありません。日本政策金融公庫の事業承継向け融資や、経営承継円滑化法に基づく金融支援を活用するケースが一般的です。
社内承継の場合も、経営業務管理責任者の要件を満たす人材がいるかどうかが建設業特有のチェックポイントになります。
M&A(第三者承継) — 外部企業への売却
親族にも社内にも後継者がいない場合、外部の企業に事業を売却する方法です。かつてはネガティブなイメージもありましたが、近年は中小企業の有力な事業承継手段として定着しています。
建設業のM&Aが活発な理由は明確です。買い手にとって、建設業許可・技術者・施工実績をゼロから積み上げるよりも、既存の建設会社を取得したほうが事業展開が速い。売り手にとっては、廃業よりも従業員の雇用を守れるうえ、対価としてまとまった資金が得られます。
| 承継方法 | メリット | デメリット | 建設業特有の注意点 |
|---|---|---|---|
| 親族承継 | 社内外の理解が得やすい、株式移転が容易 | 後継者の意思・適性が不明、準備期間が長い | 経管の要件(経営経験5年以上)を満たすか |
| 社内承継 | 事業を熟知した人材に任せられる | 株式買取資金の確保が難しい | 経管・専任技術者の配置要件 |
| M&A | 後継者不在でも事業継続可能、対価を得られる | 企業文化の統合リスク、手数料が発生 | 建設業許可の承継手続き、経審の引き継ぎ |
建設業のM&Aで売却額はどう決まるか
「うちの会社はいくらで売れるのか」。これは建設業の経営者がM&Aを検討する際に最も気になる問題です。
企業価値算定の基本的な考え方
中小企業のM&Aで広く使われるのが「年買法(年倍法)」と呼ばれる簡易的な算定方法です。計算式を整理します。
譲渡価格 = 時価純資産 + 営業利益 × 2〜5年分
建設業の場合、営業利益の倍率(マルチプル)は一般的に2〜4倍で取引されるケースが多く見られます。ただし、倍率は保有する建設業許可の種類・技術者数・公共工事の実績によって大きく変動します。
建設業で企業価値が高くなる要因
買い手が建設会社に対して高い評価をつけるのは、次のような要因がある場合です。
- 特定建設業許可を保有している(一般建設業許可よりも取得が難しく、元請け案件を受注できる)
- 1級施工管理技士・1級建築士など上位資格者が複数在籍している
- 公共工事の入札参加資格と経審の実績がある
- 特定の地域で安定した受注基盤を持っている
- 元請け比率が高く、利益率が安定している
逆に、社長個人の人脈に依存した営業体制や、技術者の高齢化が進んでいる場合は評価が下がりやすくなります。
売却額の目安
売上規模による目安として、以下のレンジがよく参照されます。
| 売上規模 | 純資産 | 営業利益 | 想定譲渡価格のレンジ |
|---|---|---|---|
| 1〜3億円 | 3,000万〜8,000万円 | 1,000万〜3,000万円 | 5,000万〜2億円 |
| 3〜10億円 | 5,000万〜3億円 | 2,000万〜8,000万円 | 1億〜6億円 |
| 10〜30億円 | 1〜10億円 | 5,000万〜2億円 | 3億〜20億円 |
これはあくまで一般的な目安であり、許可の種類や技術者構成、地域性によって大きく変動します。正確な金額は、M&A仲介会社やアドバイザーに企業価値算定(バリュエーション)を依頼して確認してください。
M&A仲介会社の広告で「売上の○倍で売れる」といった表現を見かけることがありますが、実際の取引価格は個別交渉で決まります。複数のアドバイザーから見積もりを取り、比較検討するのが鉄則です。
建設業許可の引き継ぎ — 2020年法改正で何が変わったか
建設業のM&Aで最も重要な論点が「建設業許可の引き継ぎ」です。かつては、M&Aで会社が変わると建設業許可を取り直す必要があり、その間は工事を受注できないリスクがありました。
2020年10月の建設業法改正
令和2年(2020年)10月1日施行の改正建設業法により、事業承継に伴う建設業許可の承継制度が創設されました。この改正で、以下の3つのケースで事前認可を受ければ、許可を引き継げるようになっています。
| 承継の類型 | 内容 | 必要な手続き |
|---|---|---|
| 譲渡・譲受 | 事業譲渡による承継 | 譲渡・譲受の認可申請 |
| 合併 | 合併による承継 | 合併の認可申請 |
| 分割 | 会社分割による承継 | 分割の認可申請 |
認可申請は、承継の効力発生日の前に行う必要があります。国土交通大臣許可の場合は地方整備局、知事許可の場合は都道府県の建設業課が窓口です。
株式譲渡の場合は許可の承継手続き不要
中小建設会社のM&Aで最も多い「株式譲渡」の場合、会社そのものは存続するため、建設業許可の承継手続きは不要です。法人格が変わらないので、許可はそのまま引き継がれます。
ただし、株式譲渡後に代表者や役員が交代する場合、建設業許可の「変更届」の提出は必要です。経営業務管理責任者や専任技術者が退任する場合は、後任者が要件を満たしているかの確認も不可欠です。
経営事項審査(経審)の引き継ぎ
公共工事を受注している建設会社の場合、経営事項審査(経審)の取り扱いも重要です。
株式譲渡では経審の結果はそのまま引き継がれますが、事業譲渡や合併の場合は原則として再申請が必要になります。過去の完成工事高の実績を引き継げるかどうかは、承継の形態と行政庁の判断によって異なるため、事前に確認しておく必要があります。
M&Aの実務手順 — 検討開始から成約まで
建設業のM&Aは、検討開始から成約までおおむね6か月〜1年程度かかるのが一般的です。
事前準備・アドバイザー選定
M&A仲介会社やFA(ファイナンシャルアドバイザー)を選定。秘密保持契約を締結し、企業概要書を作成する。
買い手候補の探索・打診
ノンネームシート(匿名の概要資料)で買い手候補に打診。関心を示した候補先と秘密保持契約を締結。
トップ面談・条件交渉
売り手・買い手の経営者同士が面談。経営理念、従業員の処遇、事業方針について意見交換。
基本合意書の締結
譲渡価格の目安、スキーム、スケジュール、独占交渉期間を合意。法的拘束力は限定的。
デューデリジェンス(買収監査)
買い手側が財務・税務・法務・労務を調査。建設業では許可要件・技術者在籍状況・工事請負契約の確認が重要。
最終条件交渉・契約締結
DD結果を踏まえて最終条件を調整。株式譲渡契約書または事業譲渡契約書を締結し、クロージング。
デューデリジェンスで見られるポイント(建設業特有)
建設業のM&Aにおけるデューデリジェンスでは、一般的な財務・法務調査に加えて、以下の項目が重点的にチェックされます。
- 建設業許可の有効期間と更新状況(建設業許可の更新手続きの要件を満たしているか)
- 経営業務管理責任者・専任技術者の在籍状況と年齢構成
- 工事代金の未回収リスク(出来高請求と入金サイクル)
- 施工中の工事の進捗と瑕疵担保リスク
- 労災事故の発生履歴と安全管理体制
- 社会保険・退職金制度の整備状況
これらの項目は、譲渡価格の調整要因にもなります。許可要件に抵触するリスクが見つかった場合、価格の減額や表明保証条項の追加が交渉されるのが一般的です。
M&Aの仲介会社・アドバイザーの選び方
M&Aの成否は、仲介会社やアドバイザーの質に大きく左右されます。建設業のM&Aでは、業界特有の知識(許可要件、経審、工事契約の特殊性)を理解しているかどうかが重要な選定基準です。
仲介会社とFAの違い
| 区分 | 仲介会社 | FA(ファイナンシャルアドバイザー) |
|---|---|---|
| 立場 | 売り手・買い手の双方を仲介 | 売り手または買い手の一方に専属 |
| 手数料 | 双方から受領 | 依頼主のみから受領 |
| メリット | マッチングが速い、候補が見つかりやすい | 依頼主の利益を最大化する交渉が期待できる |
| デメリット | 利益相反のリスクがある | 候補先の探索に時間がかかる場合がある |
中小建設会社の場合、まずは事業承継・引継ぎ支援センター(各都道府県に設置、無料)に相談し、自社の状況を整理したうえで民間の仲介会社やFAを選ぶという流れがコスト面でも合理的です。
手数料の相場
M&A仲介の手数料体系は「レーマン方式」が一般的です。取引金額に応じた料率で手数料を計算します。
| 取引金額 | 料率(一般的) |
|---|---|
| 5億円以下の部分 | 5% |
| 5〜10億円の部分 | 4% |
| 10〜50億円の部分 | 3% |
| 50〜100億円の部分 | 2% |
| 100億円超の部分 | 1% |
中小建設会社の取引金額帯(5,000万〜5億円程度)では、最低報酬が設定されているケースが多く、500万〜2,000万円程度が目安です。最低報酬額は仲介会社によって大きく異なるため、複数社から見積もりを取得してください。
着手金・中間金の有無も確認すべきポイントです。近年は「完全成功報酬型」を掲げる仲介会社も増えていますが、サービス内容と合わせて比較する必要があります。
事業承継補助金・税制優遇の活用
事業承継にかかるコストを軽減する公的支援制度があります。M&Aに伴う費用や、承継後の事業展開に活用できる制度を押さえておきましょう。建設業で使える補助金の全体像はこちらで確認できます。
事業承継・引継ぎ補助金
中小企業庁が運営する補助金で、事業承継やM&Aに関連する経費を補助する制度です。
| 類型 | 補助上限 | 補助率 | 対象経費 |
|---|---|---|---|
| 経営革新事業 | 600万円(一部800万円) | 2/3以内 | 承継後の新たな取り組みに必要な設備投資・販路開拓費 |
| 専門家活用事業 | 600万円 | 2/3以内 | M&A仲介手数料、デューデリジェンス費用、セカンドオピニオン費用 |
| 廃業・再チャレンジ事業 | 150万円 | 2/3以内 | 廃業に伴う原状回復費・在庫処分費 |
専門家活用事業を利用すれば、M&A仲介の手数料やDD費用の2/3(最大600万円)が補助されます。手数料が1,000万円かかる場合でも、実質的な負担を400万円程度に抑えられる計算です。
申請には事業計画書の作成が必要で、公募期間も限られているため、M&Aの検討を始めた段階で早めに確認しておくことが重要です。
事業承継税制(特例措置)
事業承継税制は、後継者が非上場株式を贈与または相続により取得した場合に、贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です。
特例措置(2027年12月末まで適用)では、株式の全部について納税が100%猶予されます。適用を受けるには、2026年3月末までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります(期限が迫っているため要注意)。
この制度は親族承継・社内承継で株式を移転する場合に特に有効です。M&Aの場合は株式を第三者に売却するため、事業承継税制の対象外となる点に注意してください。
経営承継円滑化法に基づく金融支援
社内承継で後継者が株式を買い取る場合、日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」が利用できます。融資限度額は7,200万円(国民生活事業)で、低利の融資を受けられます。
M&Aの場合は「事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用事業)」で仲介手数料を圧縮し、承継後の設備投資には「経営革新事業」やIT導入補助金を活用するという組み合わせが効果的です。
M&Aで失敗しないための実務上の注意点
建設業のM&Aには、他の業種にはない落とし穴がいくつかあります。成約後に「こんなはずではなかった」とならないために、事前に押さえておくべきポイントを整理します。
技術者の流出リスク
M&A成約後に、主要な技術者(1級施工管理技士など)が退職してしまうケースは少なくありません。技術者が減ると建設業許可の要件を満たせなくなり、最悪の場合は許可の取り消しにつながります。
対策として、クロージング前に主要技術者の処遇(給与・役職・勤務条件)を具体的に合意し、一定期間の在籍を条件とするリテンション条項を契約に盛り込むことが有効です。
工事の瑕疵担保責任
承継前に完工した工事に瑕疵(欠陥)が見つかった場合、誰が責任を負うのかを明確にしておく必要があります。株式譲渡の場合は法人格が継続するため、会社が引き続き責任を負います。売り手個人に求償する場合は、表明保証条項と補償条項で手当てするのが一般的です。
従業員への説明タイミング
M&Aの情報が社内に早期に漏れると、従業員の不安から退職者が出るリスクがあります。建設業は技術者の在籍が許可要件に直結するため、情報管理は特に慎重に行う必要があります。
一般的には、基本合意後またはクロージング直前に、経営者から直接説明するケースが多いです。「会社を売った」というネガティブな受け取り方を防ぐために、「事業をさらに発展させるための選択」であることを丁寧に伝えることが大切です。
経審の点数低下への対策
公共工事を受注している会社がM&Aにより経営体制を変えた場合、経審のP点(総合評定値)に影響が出ることがあります。特に完成工事高や技術者数が変動する場合は、入札参加資格のランクが変わる可能性もあるため、承継後の経審スケジュールを事前にシミュレーションしておくことを推奨します。経審の評点アップ対策も参考にしてください。
事業承継・M&Aに関する費用の目安
建設業のM&Aを検討するにあたって、かかる費用の全体像を把握しておくことが重要です。
| 費用項目 | 金額の目安 | 補助・軽減手段 |
|---|---|---|
| M&A仲介手数料 | 500万〜2,000万円 | 事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用)で最大600万円を補助 |
| デューデリジェンス費用 | 100万〜500万円 | 上記補助金の対象内 |
| 弁護士・司法書士費用 | 50万〜200万円 | 同上 |
| 建設業許可関連の手続き費用 | 10万〜30万円 | — |
| 登記費用(株式譲渡の場合) | 5万〜20万円 | — |
事業承継・引継ぎ補助金の「専門家活用事業」を申請することで、仲介手数料・DD費用などのM&A関連費用の2/3(最大600万円)が補助されます。手続きが発生する前に補助金の申請要件を確認し、使える制度はすべて活用してください。
事業承継を成功させるためのスケジュール感
事業承継は「そろそろ考えなければ」と思ってから動いても、実際には数年単位の準備が必要です。理想的なスケジュール感を示します。
| 時期 | やるべきこと |
|---|---|
| 承継の5年前 | 承継方法の検討開始。親族・社内の後継者候補の有無を確認 |
| 承継の3〜4年前 | 後継者が決まっている場合は経営業務管理責任者の要件を満たす準備を開始 |
| 承継の2〜3年前 | M&Aを選択する場合はアドバイザー選定、企業価値の試算。磨き上げ(企業価値向上)の取り組みを開始 |
| 承継の1〜2年前 | 具体的な交渉・DD・契約。事業承継補助金の申請準備 |
| 承継年 | クロージング、建設業許可の変更届・承継認可申請、従業員への説明、取引先への挨拶 |
「磨き上げ」とは、M&Aに向けて企業価値を高める取り組みです。具体的には、財務諸表の整備、不採算工事からの撤退、未収金の回収、コンプライアンス体制の整備などが含まれます。磨き上げの期間を十分に取ることで、譲渡価格を適正な水準に引き上げることができます。
経営者が健康なうちに承継の準備を始めることが最も重要です。病気や事故で突然引退を迫られた場合、交渉力が大幅に低下し、望まない条件での承継を余儀なくされるケースもあります。
建設業のM&A — よくある疑問
よくある質問
- M&Aで従業員の雇用は守られるか
- 中小建設会社のM&Aでは、買い手の目的が「技術者・人材の確保」であるケースが多いため、従業員の雇用は原則として維持されます。株式譲渡の場合は労働契約がそのまま引き継がれるため、給与や勤務条件も原則変更なしです。ただし、中長期的にはグループ会社としての人事制度への統合が進む場合があります。
- M&Aで社名は変わるのか
- 株式譲渡の場合、社名の変更は必須ではありません。地域で認知された社名やブランドを維持したまま、グループ会社として経営を続けるケースが一般的です。社名変更を伴う場合でも、建設業許可の「変更届」を提出すれば許可は継続します。
- 経営者の個人保証はどうなるか
- 中小建設会社の経営者は、金融機関からの借入れに個人保証を提供しているケースが大半です。M&Aの際には、買い手への経営権移転に伴い、個人保証の解除(または買い手への切り替え)を交渉します。「経営者保証に関するガイドライン」に基づき、金融機関との協議が必要です。
M&Aマッチングサービスの活用
事業承継・引継ぎ支援センター(無料)に加えて、近年は民間のM&Aマッチングプラットフォームが増えています。中小建設会社の場合、まずは無料のプラットフォームに匿名で案件を掲載し、買い手の反応を見てから仲介会社と正式に契約するという流れが増えています。
主なM&Aマッチングプラットフォームの特徴
| サービス名 | 特徴 | 費用 | 建設業への対応 |
|---|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 都道府県設置の公的機関。無料相談から紹介まで対応 | 無料 | 対応 |
| M&Aクラウド | 中小企業向け。成功報酬のみで着手金なし | 成功報酬型 | 対応 |
| バトンズ(BATONZ) | 売り手・買い手がダイレクトに交渉可能なプラットフォーム | 成功報酬型 | 対応 |
| 日本M&Aセンター | 大手仲介会社。建設業の専門チームあり | 着手金+成功報酬 | 専門チームあり |
| M&Aキャピタルパートナーズ | 中堅規模案件に強い。売上3〜50億円がメイン | 着手金+成功報酬 | 対応 |
匿名でノンネームシートを掲載できるプラットフォームを使えば、「売りに出している」という情報を取引先や従業員に知られることなく、買い手候補の反応を確認できます。関心を示した候補先とNDA(秘密保持契約)を締結してから、具体的な話に進む流れが一般的です。
建設業のM&Aで買い手になるのはどんな企業か
中小建設会社を買収する主な買い手のパターンを把握しておくと、マッチングの可能性を高められます。
同業の建設会社(規模拡大・地域展開のため)が最も多いパターンです。同業者であれば建設業許可の要件を理解しており、技術者の評価もできるため、スムーズな交渉につながりやすい傾向があります。
異業種の大手・中堅企業(建設事業への参入)も少なくありません。不動産会社が建設部門を持ちたい場合、電気・設備会社が土木部門を持ちたい場合など、建設業の許可と実績をゼロから取得するよりも買収のほうが早いと判断するケースです。
建設業専門のファンドや投資会社も増えています。後継者不在の建設会社を買収してPMI(統合後管理)を行い、数年後に再度売却するというビジネスモデルです。この場合、売却後も元の経営者が一定期間経営を続けるアーンアウト条件が付くケースもあります。
建設業の「磨き上げ」で企業価値を高める実践的な取り組み
M&Aに向けて企業価値を高める「磨き上げ」は、承継の2〜3年前から計画的に取り組むことで効果を発揮します。建設業特有の磨き上げポイントを整理します。
財務の透明性を高める
中小建設会社の財務諸表には、経営者個人の支出と会社経費が混在しているケースがあります。買い手にとって「本当の収益力」が見えにくくなるため、個人的な支出を会社経費から分離し、財務諸表の透明性を高めることが重要です。
また、工事台帳と会計帳簿の一致を確認し、工事別の原価・収益が正確に把握できる状態を整えることも評価につながります。
技術者の資格取得を推進する
1級施工管理技士・1級建築士などの上位資格者の数は、企業価値算定において直接評価されます。主要技術者の資格取得を支援し、有資格者の人数を増やしておくことが、売却額の引き上げにつながります。
資格取得の費用は会社が負担し、合格後に一定期間在籍することを条件にする「リテンションプログラム」を設けると、技術者の離職防止と資格取得推進を同時に達成できます。
特定の元請けへの依存度を下げる
売上の80%以上を一社の元請けに依存している場合、買い手はそのリスクを高く見積もります。元請けとの関係が解消された場合に売上が激減するリスクがあるため、取引先の多様化を進めておくことが、企業価値の安定化につながります。
取引先の多様化が難しい場合でも、主要な元請けとの取引が継続されている根拠(長年の取引実績・契約書の存在・次期発注の予定)を書面で整理しておくことで、買い手の不安を軽減できます。
情報管理体制を整備する
買収監査(デューデリジェンス)では、工事請負契約書・見積書・注文書・領収書などの書類が整理されているかどうかが確認されます。「書類はあるが探しにくい」「古い契約書が見当たらない」という状態は、DD期間を長引かせ、価格交渉でのマイナス要因になります。
承継の2〜3年前から、電子化・フォルダ整理・書類の保存ルールを整備しておくことで、DD対応のコストと時間を大幅に削減できます。経理書類のデジタル化にはIT導入補助金が活用できるケースもあります。
よくある質問
- 建設業のM&Aで建設業許可はそのまま引き継げますか?
- 株式譲渡の場合、法人格が存続するため建設業許可の承継手続きは不要でそのまま引き継がれます。ただし代表者や役員の交代に伴う変更届の提出は必要です。事業譲渡・合併・会社分割の場合は、2020年の建設業法改正で新設された承継認可制度を利用して事前に認可申請を行えば、許可の空白期間なく引き継ぐことが可能です。
- 建設会社の売却額の相場はどのくらいですか?
- 中小建設会社のM&Aでは「時価純資産 + 営業利益 x 2〜4年分」の年買法で算定されるケースが一般的です。売上1〜3億円規模で5,000万〜2億円、売上3〜10億円規模で1億〜6億円が目安になります。ただし、特定建設業許可の保有、1級施工管理技士の在籍数、公共工事の経審実績などによって大きく変動するため、複数のアドバイザーに企業価値算定を依頼することをおすすめします。
- M&Aの仲介手数料を補助金で抑えることはできますか?
- 事業承継・引継ぎ補助金の「専門家活用事業」を利用すれば、M&A仲介手数料やデューデリジェンス費用の2/3(最大600万円)が補助されます。たとえば仲介手数料が1,000万円かかる場合でも、実質負担を400万円程度まで圧縮できる計算です。申請には事業計画書の作成が必要で公募期間も限られるため、M&Aの検討段階で早めに確認しておくことが重要です。
- 後継者がいない場合、事業承継の準備はいつ始めるべきですか?
- 理想的には承継の5年前から動き始めるべきです。親族・社内に後継者候補がいない場合でも、M&Aのアドバイザー選定と企業価値の試算は2〜3年前、具体的な交渉とデューデリジェンスは1〜2年前に着手する必要があります。また、「磨き上げ」(財務の透明化、技術者の資格取得推進、取引先の多様化など)には一定の期間がかかるため、経営者が健康なうちに着手することが最も重要です。
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事業承継・M&Aと並行して整理しておきたい経営課題は次の記事で確認できます。
- 建設業の経営改善計画書の書き方|銀行提出で見られる要点 — M&A交渉前の磨き上げと金融機関対応
- 建設業の倒産が過去10年最多|3大原因と中小建設会社の対策 — 事業承継を前倒しすべき経営シグナル
- 建設業の利益率改善方法 — 売却前のEBITDA改善で企業価値を上げる施策
参考情報
- 全国企業「後継者不在率」動向調査(2024年) — 帝国データバンク、2024年
- 建設業における働き方改革 — 国土交通省(2026-04-27確認)
- 事業承継・引継ぎ補助金 — 中小企業庁
- 事業承継・引継ぎ支援センター — 中小機構
- 建設業法の改正について — 国土交通省、2020年(2026-04-27確認)
- 経営者保証に関するガイドライン — 全国銀行協会