「現場の技能者を正社員にしたいが、コストが不安」「一人親方を雇い入れても長続きしない」。こうした悩みを持つ建設会社の経営者に、キャリアアップ助成金は有力な選択肢になる。非正規雇用の労働者を正社員に転換したり、賃金制度を整備したりする取り組みに対して、国が費用の一部を助成する制度です。
厚生労働省の調査によると、2023年度のキャリアアップ助成金の支給件数は約57万件に上り、そのうち建設業は製造業・卸売業と並んで上位を占める業種のひとつです。2024年4月の時間外労働上限規制の適用以降、建設業における常用雇用への転換ニーズはさらに高まっている。
出典: キャリアアップ助成金 令和5年度支給実績 — 厚生労働省(2026-04-27確認)
この記事では、中小建設会社の経営者・管理部門の担当者を対象に、キャリアアップ助成金の仕組みから申請手続きまでを具体的に解説します。2026年度の最新支給額や、建設業特有の活用ケースも取り上げる。
キャリアアップ助成金とは — 建設業が使える理由
キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者・短時間労働者・派遣労働者などの「非正規雇用労働者」の企業内でのキャリアアップを支援するために、2013年度に創設された助成金制度です。厚生労働省が所管し、各都道府県の労働局またはハローワークが窓口になる。
制度の目的は「非正規雇用者の処遇改善と安定雇用の促進」にあります。補助金と異なり、雇用保険料を財源とするため競争倍率という概念がなく、要件を満たして適切に申請すれば原則として支給される点が大きな特徴です。申請書類の準備は必要ですが、採択を左右するプレゼン審査や事業計画の優劣評価はありません。言い換えれば、要件適合と書類の正確性が勝負のすべてになります。
補助金との根本的な違い
IT補助金やものづくり補助金などの「補助金」は、事前申請して審査を経て採択された後に支給される。採択枠には上限があり、競争に負ければ1円も受け取れません。これに対してキャリアアップ助成金を含む「助成金」は、厚生労働省管轄の雇用関係助成金が多く、要件を満たす申請であれば審査通過が前提です。予算の都合で不支給になる可能性は低く、建設会社にとって計画的に活用しやすい制度といえる。
ただし不正受給に対する調査は年々厳格化しており、2024年度以降は立入調査の件数も増えている。書類の整合性に矛盾があれば不支給になるだけでなく、返還命令や不正受給の認定につながることもあります。要件を正しく理解した上で、実態に即した申請を行うことが重要です。
建設業にとっての3つのメリット
建設業でキャリアアップ助成金が特に有効な理由は、業界固有の雇用構造にあります。
1つ目は、日雇い・短期雇用が多い点です。建設業では繁閑に応じて有期雇用で技能者を雇い入れる慣行が根強い。これを有期から無期・正規に転換すれば助成金の対象になる。
2つ目は、一人親方の正社員化ニーズが高まっている点です。社会保険加入の適正化(2024年10月から適用範囲拡大)や、現場入場制限の強化を背景に、一人親方を雇用労働者として受け入れる動きが進んでいる。キャリアアップ助成金の正規雇用転換コースはこのケースに直接対応できる。
3つ目は、技能実習修了者の活用です。技能実習3号を修了した外国人技能者は建設業で即戦力として期待される。正社員として転換する際に助成金を活用することで、採用コストの回収を早められる。国土交通省によれば、建設業就業者のうち外国人労働者は2024年時点で約12.7万人に達しており、増加傾向が続いている。
出典: 建設業における働き方改革の推進 — 国土交通省(2026-04-27確認)
建設業で特に注目すべき背景
2024年4月の時間外労働上限規制の適用により、建設業では「少ない人数でどう現場を回すか」という命題が一層切実になった。生産性向上のためのDX投資が進む一方で、現場の担い手となる技能者の確保と定着は依然として最大の経営課題です。
厚生労働省の「建設事業主団体に対する助成金」の活用件数をみても、建設業は他業種に比べてキャリアアップ助成金の利用率が高い傾向にある。人材が来ない・来ても辞めてしまうという課題を抱える中小建設会社ほど、制度の活用が経営の安定に直結する。
建設業で活用できる5つのコース一覧
キャリアアップ助成金には複数のコースが設けられており、各コースで支給額・要件が異なります。建設業で活用頻度が高い5コースを以下にまとめた。
| コース名 | 内容 | 1人あたり支給額(中小企業) |
|---|---|---|
| 正規雇用等転換コース | 有期→正規、無期→正規への転換 | 57万〜80万円 |
| 賃金規定等改定コース | 非正規雇用者の基本給3%以上引き上げ | 5万〜8万円/人 |
| 賃金規定等共通化コース | 正規・非正規に共通の賃金規定整備 | 60万円(1事業所) |
| 健康診断制度コース | 非正規雇用者に法定外健康診断を導入 | 40万円(1事業所) |
| 諸手当制度等共通化コース | 正規・非正規に共通の手当制度整備 | 38万円(1事業所) |
※中小企業の金額。大企業は各コースで金額が低くなる。上限人数が設定されているコースもあります。
各コースは単独での申請も、複数コースの組み合わせも可能です。たとえば「正規雇用転換コース+賃金規定等改定コース」を同時期に活用する建設会社は多く存在します。転換と同時に賃金体系を整備することで、定着率の向上にもつながる。
「諸手当制度等共通化コース」は、通勤手当・家族手当・住居手当などを正規・非正規で共通化した場合に38万円(1事業所)が支給される。建設業では下請け技能者の通勤費用が現場ごとに変動するケースもあるが、就業規則で共通の通勤手当規程を整備すれば申請対象になる。
コースの選び方 — 建設業の3パターン
どのコースを使うかは、現在の雇用形態と目的によって異なる。
- 一人親方・日雇いを正社員に転換したい → 正規雇用等転換コース
- 現場技能者の給与底上げをしたい → 賃金規定等改定コース
- 正規・非正規の処遇格差を解消したい → 賃金規定等共通化コース + 諸手当制度等共通化コース
- 現場の健康管理を強化したい → 健康診断制度コース
まず「自社の今の課題は何か」を整理してからコースを選ぶ。複数の課題を抱えている場合は、優先順位をつけて段階的に申請するほうが書類管理の負担が分散できる。
最も使われる「正規雇用等転換コース」の詳細
正規雇用等転換コースは、キャリアアップ助成金の中で申請件数が最も多いコースです。建設業においても、一人親方の雇い入れから技能実習生の定着まで幅広く活用されている。
2026年度の支給額
| 転換の種類 | 1人あたり支給額(中小) | 支給上限(1年度あたり) |
|---|---|---|
| 有期 → 正規 | 57万円 | 20人(1,140万円) |
| 有期 → 正規(派遣から直接雇用) | 57万円 | 20人 |
| 無期 → 正規 | 28.5万円 | 20人(570万円) |
| 有期 → 多様な正社員 | 40万円 | 20人(800万円) |
| 有期 → 正規(多様な正社員を経由) | 80万円 | 20人(1,600万円) |
「多様な正社員」とは、勤務地限定・職務限定・短時間正社員のことです。有期雇用からいったん多様な正社員に転換し、その後フルタイムの正社員に転換するルートを取ると、1人あたり最大80万円の助成を受けられる。
このルートは制度設計と就業規則の整備が必要で、転換には一定の期間が必要になる。一方で1人あたりの支給額が最大になるため、複数の技能者を段階的に正社員化する計画を持つ会社には検討に値する。申請前に社会保険労務士への相談が望ましい。
申請要件の6つのポイント
正規雇用転換コースの申請には、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 雇用保険適用事業所であること
- キャリアアップ計画を作成し、労働局長に提出していること(転換日の前日まで)
- 就業規則または労働協約に正規雇用転換の規定があること(労働基準監督署の受理印が必要)
- 転換後6ヶ月間、当該労働者を正規雇用として雇用し続けること
- 転換後6ヶ月間の賃金が転換前の6ヶ月間比で3%以上増加していること
- 転換後6ヶ月間の賃金を支払った後2ヶ月以内に申請すること
特に注意が必要なのは、「キャリアアップ計画書の事前提出」と「賃金3%以上増加」の2点です。計画書を提出しないまま転換を行うと助成金の対象外になる。また、賃金増加要件が満たされなければ、転換後であっても支給されません。
賃金3%増加の計算は「転換前6ヶ月の総賃金」と「転換後6ヶ月の総賃金」の比較で行う。総賃金には基本給だけでなく各種手当も含まれるため、基本給を3%上げても残業代が減った結果として総賃金が3%未満になるケースも起きる。計算は慎重に行う必要があります。
「有期雇用6ヶ月」要件の具体的な計算
転換コースの申請に当たり、転換前の「有期雇用期間が6ヶ月以上」という要件があります。この6ヶ月の計算には注意点があります。
雇用期間が通算で6ヶ月以上であれば良い。同一事業主のもとで、複数の有期雇用契約を繰り返している場合は、通算期間でカウントできる。ただし、契約と契約の間に6ヶ月以上の空白期間がある場合は通算されないため、転換対象者の雇用履歴を事前に確認することが重要です。
一人親方を正社員転換する場合の追加注意点
一人親方は「労働者」ではなく「個人事業主」のため、いきなりキャリアアップ助成金の対象にはなりません。
手順としては、まず一人親方との請負契約を終了させ、雇用契約(有期雇用)を新たに締結する。最低6ヶ月間有期雇用として就業した後に正社員へ転換することで、初めて助成金の申請要件を満たす。
「親方だった人をすぐ正社員にしたい」という場合でも、有期雇用期間を経由する必要がある点を押さえておきたい。なお、外国人技能者の採用と定着についても、同様の雇用転換パターンが活用できる。
また、一人親方から雇用転換する際は、社会保険の加入手続きも同時進行で行う必要があります。雇用保険・健康保険・厚生年金への新規加入が発生するため、管轄のハローワーク・年金事務所への届出を適切に処理しておかないと、助成金申請の書類確認でエラーになる可能性があります。
「賃金規定等改定コース」で賃上げをサポート
賃金規定等改定コースは、有期雇用労働者等の基本給を3%以上引き上げた場合に助成が受けられるコースです。建設業では現場技能者(日給月給制)の給与底上げに活用するケースが多くあります。
支給額の仕組み
| 引き上げ率 | 1人あたり支給額(中小・1年度) | 上限人数 |
|---|---|---|
| 3%以上5%未満 | 5万円 | 100人/年度 |
| 5%以上 | 6.5万円 | 100人/年度 |
| 3%以上5%未満(生産性要件あり) | 6.5万円 | 100人/年度 |
| 5%以上(生産性要件あり) | 8万円 | 100人/年度 |
「生産性要件」とは、助成金支給申請日の3年後の会計年度において、生産性(労働者1人あたりの付加価値額)が3年前比で6%以上向上していることを指す。申請時点では将来予測になるが、事後に達成できた場合に上位の支給額が適用される仕組みです。
100人に対して5%以上の賃上げを実施し、生産性要件も達成した場合、1年度で最大800万円の助成になる計算です。賃上げの原資として見れば、従業員規模に応じて相当のインパクトがあります。
建設業での活用ポイント
建設業の賃金規定等改定コースは、現場技能者の日当や日給月給の単価改定に適している。注意すべき点は、賃金規定(就業規則・賃金規程)に改定後の基本給を明記し、それに基づいて実際に支払いが行われている証拠を残す必要があることです。
口頭での約束や、給与明細のみでは認められません。「賃金規程を改定 → 就業規則に反映して届出 → 署名・押印による本人への説明 → 給与明細に反映 → 申請」の流れを守ることが重要です。
また、「基本給」の改定が要件であり、「残業代」や「現場手当」の引き上げだけでは対象になりません。日当制の場合は日当を「基本給」として就業規則に定めているかどうかが鍵になる。曖昧な場合は、社会保険労務士に書類の確認を依頼することが望ましい。
賃金規定等共通化コースとの違い
賃金規定等改定コースが「個人ごとの賃金水準の引き上げ」を支援するのに対し、賃金規定等共通化コースは「正規・非正規に共通の賃金規定の整備」を支援する。
前者は賃上げの実施が条件で、後者は規定の整備(実際の賃金水準引き上げは必須ではない)が条件です。就業規則の整備を機に両方を同時に申請する建設会社もあります。ただし、共通化コースは1事業所につき1回限りの支給のため、整備のタイミングを見極めることが重要です。
健康診断制度コースで現場の安全管理を強化
建設業は他業種に比べて業務上疾病・労働災害の発生率が高い。健康診断制度コースを活用することで、法定の定期健康診断に加えて、有期雇用の現場技能者にも法定外健康診断を実施する体制を整えられる。
支給額は1事業所あたり40万円(一回限り)で、健康診断の種類は問いません。生活習慣病予防健診、腰痛健診(建設業では特に有効)、肝機能検査、眼底検査などが対象になる。
健康診断を実施するだけでなく、有期雇用労働者にも実施できる制度を就業規則等に規定し、実際に受診させる必要があります。「規程を作っただけ」では支給されないため、対象者の受診記録(健康診断結果の保管)が不可欠です。
建設業では50代・60代の技能者が多く、現場復帰後の再発防止や安全管理の観点から健康診断の重要性は高まっている。助成金を活用しながら定期的な健康管理の仕組みを作ることで、人材の長期活躍にもつながる。
申請の流れ(7ステップ)と必要書類
キャリアアップ助成金の申請手続きは、補助金と比べてシンプルだが、書類の順序を誤ると不支給になるリスクがあります。以下のステップを確認してほしい。
キャリアアップ計画書の作成・提出(転換前日まで必須)
転換を行う前に「キャリアアップ計画書」を作成し、事業所を管轄する労働局長に提出する。正規雇用転換の予定日より前日までに提出が必須。提出後に受理印が押された写しを保管する。計画書には今後3年間のキャリアアップの方針と具体的な取り組みを記載する。
就業規則・賃金規程の整備(転換前に完了)
正規雇用転換コースを利用する場合は、就業規則または労働協約に「有期雇用から正社員への転換規定」を明記する。賃金規定等改定コースの場合は賃金規程の改定を行い、就業規則に反映する。常時10名以上を雇用する事業所は労働基準監督署への届出が義務であり、受理印が必要になる。
転換または賃金改定の実施
計画書提出後、就業規則整備が完了してから転換または賃金改定を実施する。正社員転換の場合は雇用契約書を締結し、転換日・転換後の賃金・就業場所・職務内容を明記する。雇用保険の資格変更手続きも同時に行う。
転換後6ヶ月間の雇用継続・賃金支払
転換後6ヶ月間、正社員として雇用を継続し、転換前比3%以上増加した賃金を支払う。この期間中の出勤簿・賃金台帳・雇用保険被保険者記録を整理しておく。賃金計算に誤りがあると後の申請で問題になるため、月次で確認する習慣を作ることが重要です。
申請期間の管理(転換後6ヶ月+2ヶ月以内)
申請は転換後6ヶ月経過後から2ヶ月以内に行う必要があります。この期限を過ぎると申請資格を失う。転換日を記録したカレンダーを作成し、担当者が変わっても申請期限が引き継がれるよう管理する。複数人を同時期に転換した場合でも個別に期限管理が必要です。
必要書類の準備・提出
支給申請書に加え、就業規則・賃金台帳・出勤簿・雇用契約書・キャリアアップ計画書の受理印写しなどを揃えて管轄の労働局またはハローワークに提出する。電子申請(e-Gov)も利用可能。書類に不備があると審査が長引くため、チェックリストで確認してから提出する。
審査・支給決定・振込
審査期間は通常2〜4ヶ月。不備があれば追加書類の要求が来る場合もあります。問い合わせには素早く対応することで、審査の遅延を防げる。支給決定後、指定口座に振り込まれる。振込後も一定期間は書類の保存義務がある(支給後5年間が目安)。
主な必要書類(正規雇用転換コース)
| 書類 | 備考 |
|---|---|
| キャリアアップ助成金支給申請書 | 所定の様式(厚生労働省HPからダウンロード) |
| キャリアアップ計画書(受理印あり) | 事前に労働局へ提出したもの |
| 転換前後の労働条件通知書または雇用契約書 | 転換日・転換後の賃金が明記されたもの |
| 転換前6ヶ月・転換後6ヶ月の賃金台帳 | 毎月の賃金支払いの記録 |
| 転換前後の出勤簿またはタイムカード | 勤務実績の証拠 |
| 就業規則(転換規定部分)のコピー | 労働基準監督署の受理印があるもの |
| 雇用保険被保険者資格取得等確認通知書 | 正社員への転換後に取得したもの |
| 支払い方法・受取人住所届 | 初回申請時のみ |
| 法人事業主の場合:登記事項証明書 | 発行から3ヶ月以内のもの |
書類に不備や記載漏れがあると、審査が長引いたり不支給になったりする。申請前に社会保険労務士に書類確認を依頼することを推奨する。
建設業の活用事例(3社)
実際にキャリアアップ助成金を活用した建設会社の事例を紹介します。数字は実態に基づくモデルケースとして整理した。
事例1: 外装工事会社(神奈川県・従業員20名)— 6名の正社員転換で342万円
同社は10年以上、現場の職人を繁忙期ごとに有期雇用で雇い入れてきた。しかし、社会保険加入の適正化(2024年10月の適用拡大)と人材定着を目的に、常用雇用への転換を経営課題として取り上げた。
キャリアアップ計画書を提出後、有期雇用技能者6名を正社員に転換した。全員で転換後の賃金を3%以上(月給換算で約8,000〜12,000円)引き上げ、6ヶ月後に申請した。正規雇用転換コース(有期→正規)で1人57万円×6名=342万円の助成を受けた。
採用後の離職率が改善し、「正社員になったことで責任感が増した」という現場の声も出てきた。6名の一括転換を決断した背景には「現場から熟練技術者が抜けた際のリスクが大きい」という経営判断があった。助成金の活用で転換後の賃金原資の約4割をカバーできた点が、踏み切る後押しになったという。
事例2: 電気設備会社(大阪府・従業員15名)— 賃上げ支援で10名・最大80万円
同社は正社員転換は以前から進めていたが、現場の日給月給技術者(有期雇用)の賃金がここ数年横ばいになっていることが採用活動の足かせになっていた。若手から「正社員になっても給料が変わらない」という声が出始め、離職が続いていた。
賃金規定等改定コースを活用し、有期雇用者10名の基本給を5%引き上げた。生産性要件の適用を見越した経営改善も並行して実施し、1人あたり8万円×10名=80万円の助成を申請した。
求人票に「キャリアアップ制度あり・前年度実績あり」と記載したところ、応募数が前年比1.4倍になった。助成金の直接的な収入効果に加え、採用ブランディングへの波及効果が大きかったと担当者は話す。
事例3: 総合建設会社(埼玉県・従業員30名)— 複数コース組み合わせで1事業所100万円
同社は、複数のコースを同年度に組み合わせて活用した。正規雇用転換は既に実施済みで、次の段階として制度整備に取り組んです。
賃金規定等共通化コース(60万円)と健康診断制度コース(40万円)を同年度に申請し、計100万円の助成を受けた。共通化にあたっては就業規則を全面改訂し、正規・非正規で共通の賞与規定と通勤手当規定を整備した。健康診断コースでは、法定外(年1回の健診に加えてストレスチェックと腰痛健診)を有期雇用者にも適用する制度を新設した。
制度整備の直後は事務負担が増えたが、「規程が整ったことで採用面接での説明がしやすくなった」というのが経営者の評価です。翌年度の採用で同一賃金制度の存在を前面に打ち出したところ、応募者の質が上がったという副次効果も生まれた。
よくある質問と注意点
不支給になりやすいミスとその対策
キャリアアップ助成金の申請が不支給になるケースには、共通したパターンがあります。事前に把握しておきたい。
- キャリアアップ計画書を転換後に提出した — 提出期限は転換日の「前日まで」。転換を先行させると一切の申請ができなくなる。「計画書がなくても後で出せばいい」と誤解している会社が多い
- 就業規則に転換規定がない — 就業規則の整備なしに転換を行っても対象外。労働基準監督署の受理印が必要。「社内ルールで決めた」という扱いでは認められない
- 賃金3%増加の計算に誤りがある — 賞与・各種手当を含めた「賃金総額」で比較します。基本給だけで計算すると不足になる場合があります。残業代が減ったことで総額が3%未満に落ちるケースも実際に起きている
- 申請期限(転換後6ヶ月経過後2ヶ月以内)を過ぎた — 期限厳守。カレンダーへの登録と担当者の明確化が必須。担当者の退職・異動で期限を見落とす会社がある
- 出勤簿・賃金台帳の記録が不整備 — 書類が揃わなければ審査ができません。毎月の記録管理を徹底する。クラウド型勤怠管理の導入で記録の確実性が上がる
- 転換対象者が転換直前に同一事業主のもとで正規雇用されていた — 一度正規雇用された人を有期雇用に切り下げて再転換するケースは対象外
キャリアアップ計画書の提出は転換前日までに必須です。転換を行ってから提出しようとしても受け付けられず、助成金の対象外になります。担当者が変わっても手続きの抜け漏れが起きないよう、申請管理の仕組みを整備しておきましょう。
支給されない主なケース
以下の場合は原則として支給対象外になる。
- 申請日の前日から起算して過去3年以内に解雇・雇い止め等をした事業主
- 雇用保険・社会保険に未加入の事業所(適用事業所の要件を満たさない場合)
- 転換後の賃金が最低賃金を下回る場合
- 申請事業主と転換対象者が親族関係(配偶者・三親等以内)にある場合
- 転換対象者が転換直前に同一事業主のもとで正規雇用されたことがある場合
- 支給申請日に倒産の恐れがある、または事業活動が困難な状況にある場合
申請後の返還リスクを抑えるために
支給後であっても、不正受給や要件違反が発覚した場合は返還命令が出る。最もリスクが高いのは「賃金台帳・出勤簿の改ざん」です。実態と異なる記録を提出すると、労働局の調査で発覚した際に助成金の全額返還と不正受給加算金(最大5割増し)が命じられる場合があります。
書類管理は正確さを最優先に。クラウド勤怠管理ツールの活用や、社会保険労務士による定期確認が実務上の防線になる。
他の助成金・補助金との使い分け
キャリアアップ助成金は、建設業が利用できる他の人材関連助成金と組み合わせることができる。制度の目的が異なれば、同一の労働者に対しても複数の助成金を活用できる場合があります。
| 制度名 | 目的 | 支給額の目安 | キャリアアップ助成金との関係 |
|---|---|---|---|
| 人材確保等支援助成金 | 雇用管理制度の整備・定着 | 57万〜240万円 | 目的が異なれば併用可能 |
| 雇用調整助成金 | 景気悪化時の雇用維持 | 最大15,000円/人・日 | 申請時期が重なる場合は要確認 |
| 特定求職者雇用開発助成金 | 高齢者・障害者等の採用 | 60万〜240万円 | 対象者が重複する場合は調整が必要 |
| 建設事業主等に対する助成金 | 建設業固有の技能訓練・資格取得 | コースにより異なる | 目的が異なれば併用可能 |
| デジタル化・AI導入補助金 | ITツール導入 | 最大450万円 | 経費の性質が異なるため原則併用可 |
人材確保等支援助成金との違い
人材確保等支援助成金は、雇用管理制度(評価・処遇制度、研修制度、健康づくり制度等)を新規に導入・実施し、離職率の低下目標を達成した事業主に支給される。キャリアアップ助成金は「雇用形態の転換と処遇改善」が目的なのに対し、人材確保等支援助成金は「雇用管理の仕組み整備」が目的という点で役割が異なります。
制度の整備段階でキャリアアップ助成金を使い、並行して人材確保等支援助成金の評価処遇コースを申請する中小建設会社は増えている。採用定着のための制度設計については別記事で詳しく解説している。
建設事業主等に対する助成金との組み合わせ
厚生労働省が設けている「建設事業主等に対する助成金」は、建設業固有の技能訓練や技能検定に要する費用を助成する制度です。技能実習の実施、技能向上コースへの参加、技能士資格取得を支援する。
キャリアアップ助成金で正社員に転換した技能者が、その後スキルアップのために技能研修を受講した場合、建設事業主向け助成金を同時期に活用できる可能性があります。両者は経費の性質(雇用転換 vs 技能訓練)が異なるためです。申請前に労働局への確認が必要だが、組み合わせることで人材育成コストを大幅に抑えられる。
雇用調整助成金との注意点
同一の雇用保険被保険者に対して、雇用調整助成金とキャリアアップ助成金を同時期に申請することは原則できません。景気後退期に雇調金を使っている事業主がキャリアアップ助成金を申請する際は、申請時期の調整が必要になる。詳細は管轄の労働局に確認されたい。
建設業で使える補助金・助成金の全体像は建設業で使える補助金・助成金一覧でも整理している。IT補助金との使い分けについてはデジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)の解説も参照してほしい。
キャリアアップ計画書の作り方と実務のポイント
キャリアアップ計画書は助成金申請の起点となる書類です。「書き方がわからず申請をためらっている」という声をよく聞くが、内容自体は難しくありません。大切なのは、実際に行う予定の取り組みを正確に記載することです。
キャリアアップ計画書に記載する内容
キャリアアップ計画書は厚生労働省が定める所定の様式で作成する。主な記載項目を整理します。
- 事業所の基本情報(名称・所在地・業種・従業員数)
- 計画期間(3〜5年が一般的。1年でも可)
- 対象となる非正規雇用者の概要(雇用形態・人数・業務内容)
- 取り組む具体的な内容(利用するコース名と実施予定時期)
- キャリアアップ担当者の氏名・役職
「転換を3名行う予定」「賃金規定を改定して基本給を5%引き上げる」のように、具体的な数字と時期を入れることで、後の申請書との整合性が取りやすくなる。曖昧な表現では後で修正を求められることもあるため、計画作成時から実施内容を明確にしておくほうがよい。
計画書の提出と受理のタイミング
計画書は郵送・電子申請(e-Gov)のどちらでも提出できる。受理確認には通常1〜2週間かかるため、転換の1ヶ月前には提出することが望ましい。
「転換前日までに提出すればよい」という解釈から、直前に提出する会社もあるが、トラブルを避けるためにも余裕を持ったスケジュールで動くことを推奨する。
計画書の受理後は変更届の提出も可能です。「当初の予定より転換人数を増やした」「実施時期をずらした」といった場合は、変更届を提出しておくことで申請時の不整合を防げる。
就業規則整備の具体的な手順
就業規則に転換規定がないと、そもそも転換コースの申請ができません。整備の手順を整理します。
- 現行の就業規則を確認し、「正社員への登用・転換に関する規定」が存在するかを確認する
- 規定がない場合は条項を追加する(社会保険労務士に依頼すると確実)
- 従業員代表の意見書を添付する(変更の場合も必要)
- 管轄の労働基準監督署に届け出て、受理印をもらう
- 従業員に周知する(掲示板への掲示・書面配布・データ共有等)
就業規則の変更は、転換実施前に完了していなければなりません。「後付けで作った」という状況では認められないため、転換の計画を立てた段階で就業規則の確認を並行して進めることが重要です。
若手採用の戦略については建設業の若手採用・定着も、外国人技能者の活用方針については外国人技能者の採用と定着も合わせて参照してほしい。
よくある質問
よくある質問
- 一人親方をすぐ正社員にするとキャリアアップ助成金は使えますか?
- 一人親方は個人事業主のため、直接正社員に転換してもキャリアアップ助成金の対象になりません。まず有期雇用労働者として雇用契約を結び、6ヶ月以上の有期雇用期間を経た後に正社員へ転換することで、助成金の申請要件を満たします。雇用転換と同時に社会保険(雇用保険・健康保険・厚生年金)への加入手続きも必要です。手順の詳細は管轄の労働局かハローワークに事前相談することをおすすめします。
- 技能実習修了者を正社員にした場合も対象になりますか?
- はい、技能実習生が技能実習を修了した後に、有期雇用労働者として採用し、その後正社員へ転換した場合はキャリアアップ助成金の対象になります。ただし、技能実習期間は雇用形態上の期間に含まれないため、技能実習終了後に新たに有期雇用契約を締結してから6ヶ月以上経過していることが必要です。
- 正社員に転換した後に自己都合退職された場合、助成金は返還しますか?
- 原則として返還は不要です。キャリアアップ助成金の支給要件は「転換後6ヶ月間の雇用継続と賃金支払い」です。6ヶ月間の継続雇用が確認できた後の退職については、助成金の返還義務は発生しません。ただし、6ヶ月未満での退職は助成金の支給要件を満たさないため申請自体ができません。
- 社会保険労務士に依頼しなくても申請できますか?
- 制度上は事業主自身で申請できます。ただし書類の種類が多く、キャリアアップ計画書の記載内容や就業規則の整備など、実務的なポイントで詰まりやすい箇所があります。初めて申請する場合や複数名を同時転換する場合は、社会保険労務士への依頼(1件3〜10万円程度が相場)を検討する価値があります。助成金額と費用のバランスを考えると、1件57万円の申請なら専門家費用を払っても十分なメリットがある場合が多いです。
- 複数の有期雇用者を一度に転換する場合、それぞれ申請が必要ですか?
- 同一の申請書に複数名を記載してまとめて申請できます。ただし、転換日が異なる場合は申請タイミングが変わります。転換後6ヶ月間の雇用継続後2ヶ月以内という申請期限は1人ずつ管理する必要があります。転換が集中する年度は、申請期限のスケジュール管理が煩雑になるため早めの準備が重要です。
参考情報
- キャリアアップ助成金 公式ページ — 厚生労働省、2024年〜(2026-04-27確認)
- キャリアアップ助成金 公式ページ — 厚生労働省(2026-04-27確認)
- 建設事業主等に対する助成金 — 厚生労働省(2026-04-27確認)
- 建設業における働き方改革の推進 — 国土交通省(2026-04-27確認)
- 社会保険加入に関する下請指導ガイドライン — 国土交通省、2024年改定(2026-04-27確認)
- 2024年問題への対応(建設業の時間外労働上限規制) — 国土交通省(2026-04-27確認)
あわせて読みたい
- 建設業の人手不足を解消する7つの対策 — 助成金を含む人材確保戦略の全体像
- 若手人材の確保・育成助成金 — 若手採用に特化した助成制度
- 建設業の65歳超雇用推進助成金 — 高齢者継続雇用への助成
- 両立支援助成金 — 育児・介護との両立支援
- トライアル雇用助成金 建設業 — 試用期間中の助成
- 建設業の働き方改革推進支援助成金 — 残業削減・年休取得促進
- 建設業で使える補助金・助成金一覧 — 41制度の全体像